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2005年01月30日(Sun)▲ページの先頭へ
When the Wind Blows/James Patterson
『When the Wind Blows』/James Patterson (著)
マスマーケット: 448 p ; サイズ(cm):縦 16.8 x 横 10.5 x 厚さ 2.4
出版社: Warner Books Inc ; ISBN: 0446607657 ; (1999/10/01)
長引いていたジェームス・パタースンの 『When the Wind Blows』 を、やっと読み終えた。これは乗らないなと思いながら、ただ単に読了することだけを目的として読むのは、結構しんどい。
登場人物は、主人公のフラニーという獣医の女性。そこに現れる、正体のよくわからないFBIエージェント、キット(ここにロマンスが芽生える)。そして、何かから逃げている、背中に羽の生えた少女マックスと、弟(同じく羽が生えている)のマシュー。それを追う正体不明の男たち。ほかいろいろ。
フラニーとキットは、連続して死亡した医師たち(フラニーの夫も含む)と関わっているのだが、その件で動いているうちに、羽の生えた少女に出会う。
一方、羽の生えた少女マックスと弟のマシューは、「The School」と呼ばれている施設を逃げ出し、そこのガードマンたちに追われている。「The School」は、アメリカ政府が秘密裏に作ったDNAの研究施設だ。
マックスに出会ったフラニーたちは施設に忍び込み、その謎を解いていく。その時に驚愕の研究内容を知り、数人の羽の生えた子どもたちを助け出すのだが、秘密を知ったものは、消される運命であることを知る。そのため、死んだ医師たちも、その研究に携わっていたために殺されたことがわかる。ここで、殺人事件と不可思議な空飛ぶ少年少女の話が結びつくのだ。
だが、助けを求めたキットのFBIの上司も、その研究に関係していることを知り、フラニーたちは絶体絶命となる。
というわけで、ミステリとSFを合わせたような話で、これまでのパタースンのイメージとはだいぶ違う内容だったのだが、DNA操作で空飛ぶ人間を作り出すほどの秘密の施設だというのに、そこの描写がお粗末すぎる感じがするし、それに関わっている人たちについても、描写が簡単すぎる。鳥と人間を掛け合わせて、空飛ぶ人間が作れてしまうって、すごいことだろうと思うのだが、あまりにあっけない。
結末も、それらの施設や科学者たちがどうなったのか、よくわからないし、少年少女たちの行く末もはっきりしない。フラニーとキットが森の奥に彼らをかくまったらしいのだが、この現代の社会の中で、誰にも発見されずに終わるとは思えないし、実の両親に返された子どもたちだって、背中に羽が生えている状態では、何事もなく幸せに暮らせたとは思えない。終わり方が甘いという感じ。
ファンタジーならまだしも、ミステリにしては甘すぎるし、SFにしては、説得力が足りない。パタースンとしては、失敗作なんじゃないだろうかと思ってしまうほどの、すっきりしない話だった。ミステリ、SF、ロマンス、ファンタジーと、欲張りすぎたんじゃないだろうか。
『When the Wind Blows』/James Patterson (著)マスマーケット: 448 p ; サイズ(cm):縦 16.8 x 横 10.5 x 厚さ 2.4
出版社: Warner Books Inc ; ISBN: 0446607657 ; (1999/10/01)
長引いていたジェームス・パタースンの 『When the Wind Blows』 を、やっと読み終えた。これは乗らないなと思いながら、ただ単に読了することだけを目的として読むのは、結構しんどい。
登場人物は、主人公のフラニーという獣医の女性。そこに現れる、正体のよくわからないFBIエージェント、キット(ここにロマンスが芽生える)。そして、何かから逃げている、背中に羽の生えた少女マックスと、弟(同じく羽が生えている)のマシュー。それを追う正体不明の男たち。ほかいろいろ。
フラニーとキットは、連続して死亡した医師たち(フラニーの夫も含む)と関わっているのだが、その件で動いているうちに、羽の生えた少女に出会う。
一方、羽の生えた少女マックスと弟のマシューは、「The School」と呼ばれている施設を逃げ出し、そこのガードマンたちに追われている。「The School」は、アメリカ政府が秘密裏に作ったDNAの研究施設だ。
マックスに出会ったフラニーたちは施設に忍び込み、その謎を解いていく。その時に驚愕の研究内容を知り、数人の羽の生えた子どもたちを助け出すのだが、秘密を知ったものは、消される運命であることを知る。そのため、死んだ医師たちも、その研究に携わっていたために殺されたことがわかる。ここで、殺人事件と不可思議な空飛ぶ少年少女の話が結びつくのだ。
だが、助けを求めたキットのFBIの上司も、その研究に関係していることを知り、フラニーたちは絶体絶命となる。
というわけで、ミステリとSFを合わせたような話で、これまでのパタースンのイメージとはだいぶ違う内容だったのだが、DNA操作で空飛ぶ人間を作り出すほどの秘密の施設だというのに、そこの描写がお粗末すぎる感じがするし、それに関わっている人たちについても、描写が簡単すぎる。鳥と人間を掛け合わせて、空飛ぶ人間が作れてしまうって、すごいことだろうと思うのだが、あまりにあっけない。
結末も、それらの施設や科学者たちがどうなったのか、よくわからないし、少年少女たちの行く末もはっきりしない。フラニーとキットが森の奥に彼らをかくまったらしいのだが、この現代の社会の中で、誰にも発見されずに終わるとは思えないし、実の両親に返された子どもたちだって、背中に羽が生えている状態では、何事もなく幸せに暮らせたとは思えない。終わり方が甘いという感じ。
ファンタジーならまだしも、ミステリにしては甘すぎるし、SFにしては、説得力が足りない。パタースンとしては、失敗作なんじゃないだろうかと思ってしまうほどの、すっきりしない話だった。ミステリ、SF、ロマンス、ファンタジーと、欲張りすぎたんじゃないだろうか。
2005年01月28日(Fri)▲ページの先頭へ
弁護士リリー・ホワイト/スーザン・アイザックス
弁護士リリー・ホワイト 集英社文庫/スーザン アイザックス (著), Susan Isaacs (原著), 矢倉 尚子 (翻訳)
文庫: 692 p ; サイズ(cm): 15 x 11
出版社: 集英社 ; ISBN: 4087604004 ; (2001/07)
面白かった。アイザックスの評判は前々から耳にしており、原書も2冊ほど持っているのだが、今まで読むタイミングがなかった(1冊は行方不明になってるし)。世間の評判はあてにならない場合が多いけれど、これに関しては、噂どおり、評判どおりといった感じ。面白ければいいなといった程度の期待しかしていなかったのだが、いい方に期待を裏切ってくれたので、嬉しい。
一応ミステリの部類に入るのだが、内容は「ニューヨークの優秀な女性弁護士の人生と、彼女が携わる殺人事件の進展が交互に語られる」もので、最後にその2つの話が重なるといった具合。それぞれ単独で読んでも十分に面白いものなのだが、これが2つ合わさっているのだから、1冊で2度おいしい小説だ。
でも、ミステリという感じはあまりしない。もちろんミステリの要素もしっかりあるのだけれど、それよりもリリーの人生のほうが、山あり谷ありで、ドラマがあって面白い。弁護士になってからの現在の話の中に、時折「彼」という存在が登場するのだが、これは一体誰なのか?というのも、もしかしたらミステリかもしれない。
その彼の正体は、最後に過去と現在が交わるところでわかるのだが、やはりこの人だったかとの予想はつくものの、二人の関係がどんなものであるのか、そこに至って初めて明かされ、読者はびっくり仰天する。人生はなかなか思うようにいかないものだが、これは悲しすぎるよねえ・・・という感じ。でも、男と女を超えた関係は、もしかしてとても幸せなのかもしれないなと。
やり手のキャリアウーマンというと、パトリシア・コーンウェルの<検屍官シリーズ>を思い出すが、その主人公ケイ・スカーペッタ同様、キャリア・ウーマンにはつきものの悩みが、リリーにもつきまとう。でも、基本的に主人公の性格はだいぶ違うと思うし、個人的には、このリリー・ホワイトの性格のほうが好きかも。
スーザン・アイザックスは、写真を見ると若いと思ったが、実は今年62歳になるので、なるほど機知に富んだ、円熟味のある文章を書くのも頷ける。文体も好みだし、ユーモアもあるし、かといってドタバタでなく落ち着いた文章なのがいい。もっとも、主人公のリリーの年齢も46歳くらいなので、それでドタバタしていたんじゃしょうがないとは思うが、他の若いミステリ作家にはない、大人の感覚がある。
彼女の邦訳は何冊か出ているものの、ほとんど絶版なのが残念。マーケット・プレイスで買おうかなとも思ったが、しばらくAmazonと取引するのは嫌なので、考え中(マーケット・プレイスなら、直接Amazonから買うわけではないからいいかとも思うが)。ブックオフに出てくれればいいんだけど・・・。あとは、持っている原書を読むしかないが、1冊行方不明なので、暇なときに本の山をかき回して、捜索しなくては。
弁護士リリー・ホワイト 集英社文庫/スーザン アイザックス (著), Susan Isaacs (原著), 矢倉 尚子 (翻訳)文庫: 692 p ; サイズ(cm): 15 x 11
出版社: 集英社 ; ISBN: 4087604004 ; (2001/07)
内容(「BOOK」データベースより)
刑事弁護士リリーの父はユダヤ人で、ニューヨークの毛皮専門店の店主。リリーは小さい頃から、典型的な上流階級の家の長男ジャズに憧れていた。46歳になった今、リリーはある殺人事件の容疑者の弁護を担当している。けれど容疑者の愛人が現れて事件は思わぬ方向へ…。リリーの生い立ちと、殺人事件の進展が交互に語られるうちに、彼女の愛と感動の人生が浮き彫りにされる傑作登場。
刑事弁護士リリーの父はユダヤ人で、ニューヨークの毛皮専門店の店主。リリーは小さい頃から、典型的な上流階級の家の長男ジャズに憧れていた。46歳になった今、リリーはある殺人事件の容疑者の弁護を担当している。けれど容疑者の愛人が現れて事件は思わぬ方向へ…。リリーの生い立ちと、殺人事件の進展が交互に語られるうちに、彼女の愛と感動の人生が浮き彫りにされる傑作登場。
面白かった。アイザックスの評判は前々から耳にしており、原書も2冊ほど持っているのだが、今まで読むタイミングがなかった(1冊は行方不明になってるし)。世間の評判はあてにならない場合が多いけれど、これに関しては、噂どおり、評判どおりといった感じ。面白ければいいなといった程度の期待しかしていなかったのだが、いい方に期待を裏切ってくれたので、嬉しい。
一応ミステリの部類に入るのだが、内容は「ニューヨークの優秀な女性弁護士の人生と、彼女が携わる殺人事件の進展が交互に語られる」もので、最後にその2つの話が重なるといった具合。それぞれ単独で読んでも十分に面白いものなのだが、これが2つ合わさっているのだから、1冊で2度おいしい小説だ。
でも、ミステリという感じはあまりしない。もちろんミステリの要素もしっかりあるのだけれど、それよりもリリーの人生のほうが、山あり谷ありで、ドラマがあって面白い。弁護士になってからの現在の話の中に、時折「彼」という存在が登場するのだが、これは一体誰なのか?というのも、もしかしたらミステリかもしれない。
その彼の正体は、最後に過去と現在が交わるところでわかるのだが、やはりこの人だったかとの予想はつくものの、二人の関係がどんなものであるのか、そこに至って初めて明かされ、読者はびっくり仰天する。人生はなかなか思うようにいかないものだが、これは悲しすぎるよねえ・・・という感じ。でも、男と女を超えた関係は、もしかしてとても幸せなのかもしれないなと。
やり手のキャリアウーマンというと、パトリシア・コーンウェルの<検屍官シリーズ>を思い出すが、その主人公ケイ・スカーペッタ同様、キャリア・ウーマンにはつきものの悩みが、リリーにもつきまとう。でも、基本的に主人公の性格はだいぶ違うと思うし、個人的には、このリリー・ホワイトの性格のほうが好きかも。
スーザン・アイザックスは、写真を見ると若いと思ったが、実は今年62歳になるので、なるほど機知に富んだ、円熟味のある文章を書くのも頷ける。文体も好みだし、ユーモアもあるし、かといってドタバタでなく落ち着いた文章なのがいい。もっとも、主人公のリリーの年齢も46歳くらいなので、それでドタバタしていたんじゃしょうがないとは思うが、他の若いミステリ作家にはない、大人の感覚がある。
彼女の邦訳は何冊か出ているものの、ほとんど絶版なのが残念。マーケット・プレイスで買おうかなとも思ったが、しばらくAmazonと取引するのは嫌なので、考え中(マーケット・プレイスなら、直接Amazonから買うわけではないからいいかとも思うが)。ブックオフに出てくれればいいんだけど・・・。あとは、持っている原書を読むしかないが、1冊行方不明なので、暇なときに本の山をかき回して、捜索しなくては。
2005年01月23日(Sun)▲ページの先頭へ
Dreamcatcher/Stephen King
『Dreamcatcher』/Stephen King (著)
マスマーケット: 896 p ; 出版社: Pocket Books (Mm) ; ISBN: 074343627X ; (2001/12/01)
嫌だ、嫌だと思いながらも、キングの『Dreamcatcher』を読了。そこに「ベーコンサンドイッチ」が、これでもか!ってくらいに登場(人間の体を乗っ取った宇宙人がベーコンを気にいってしまったのだ)してきたので、それが無性に食べたくなり、昨日材料を買っておいた。
で、今日の昼食に作って食べた。ベーコンサンドではなく、ベーコンエッグサンドイッチだけど。もちろんマヨネーズたっぷりで。マスタードとケチャップも忘れずに。カロリーが高いから、しばらく禁じていたんだけど、やっぱりおいしい。ちなみに、蛋白質抜きで、つまりケチャップとマヨネーズだけのサンドイッチも結構いけるのだ。マジで。
しかし、キングの『Dreamcatcher』の内容説明を見ると、あんな排泄物中心の話に、よくこれだけ大層なことが書けるなという感じで驚いてしまう。
「これは「記憶」と「勇気」の物語と言える。少年時代の記憶という、この恐るべき領域から物語を語る・・・」というのだが、そう言われてみれば、たしかにそうなんだけど、じゃあ、これって、結局は少年時代の記憶の中で生み出した、夢のようなものなのか?宇宙人うんぬんも、夢の中の話?
でも実際に人が死んでいたりするわけで、それも記憶の中から作り出した、宇宙人などとは全く関係のない、人間が行った行為だというのだろうか?なんだかよくわからないのだが、これに限らず、「これは夢だった」というストーリーは、「ナルニア国物語」や、オースターの「ルル・オン・ザ・ブリッジ」をはじめ、誰の作品でもがっかりさせられる。
ともあれ、キングのこの本は、気持ちが悪かった。なのに、そこに出てきた「ベーコンサンドイッチ」を食べたくなるというのも、ちょっとどうかとも思うし、嫌だ、嫌だと言いながらも読むのをやめられないというのは、どういうわけなのか。
『Dreamcatcher』/Stephen King (著)マスマーケット: 896 p ; 出版社: Pocket Books (Mm) ; ISBN: 074343627X ; (2001/12/01)
<内容説明>
昔々。呪われた街、デリー(『It』や『Insomnia』の舞台と同じあの街)で、4人の少年が力を合わせ、ある勇敢な行動をとった。そのときは知るよしもなかったが、その行動は少年たちをある意味で変えたのだった。
20年後。かつての少年たちは成人してそれぞれの生活を営み、それぞれの問題を抱えている。お互いにまったく関係を断っていたわけではなく、狩のシーズンになると、4人組はメイン州に集まることになっていた。そして、その年。彼らのキャンプに見知らぬ人物が迷い込み、右も左もわからぬ意識の中で何かぶつぶつと、「空の光」のことを口走っていた。しかしその支離滅裂なたわごとは、ある不穏なできごとを予知していたことが明らかになり、まもなく4人は、別世界からの生き物との恐ろしい闘いを余儀なくされることになるのだった。 彼らが生き残る唯一の道は、少年時代のあの記憶の中に引きこもることだった。…そして、「ドリームキャッチャー」の中に。
『Bag of Bones』(邦題『骨の袋』)以来の長編だが、これは「記憶」と「勇気」の物語と言える。少年時代の記憶という、この恐るべき領域から物語を語るのはあの『The Stand』(邦題『ザ・スタンド』)以来だし、それよりも「闇の中核」に、ここまでがっぷり四つに組んで戦うのは初めてのことだ。
昔々。呪われた街、デリー(『It』や『Insomnia』の舞台と同じあの街)で、4人の少年が力を合わせ、ある勇敢な行動をとった。そのときは知るよしもなかったが、その行動は少年たちをある意味で変えたのだった。
20年後。かつての少年たちは成人してそれぞれの生活を営み、それぞれの問題を抱えている。お互いにまったく関係を断っていたわけではなく、狩のシーズンになると、4人組はメイン州に集まることになっていた。そして、その年。彼らのキャンプに見知らぬ人物が迷い込み、右も左もわからぬ意識の中で何かぶつぶつと、「空の光」のことを口走っていた。しかしその支離滅裂なたわごとは、ある不穏なできごとを予知していたことが明らかになり、まもなく4人は、別世界からの生き物との恐ろしい闘いを余儀なくされることになるのだった。 彼らが生き残る唯一の道は、少年時代のあの記憶の中に引きこもることだった。…そして、「ドリームキャッチャー」の中に。
『Bag of Bones』(邦題『骨の袋』)以来の長編だが、これは「記憶」と「勇気」の物語と言える。少年時代の記憶という、この恐るべき領域から物語を語るのはあの『The Stand』(邦題『ザ・スタンド』)以来だし、それよりも「闇の中核」に、ここまでがっぷり四つに組んで戦うのは初めてのことだ。
嫌だ、嫌だと思いながらも、キングの『Dreamcatcher』を読了。そこに「ベーコンサンドイッチ」が、これでもか!ってくらいに登場(人間の体を乗っ取った宇宙人がベーコンを気にいってしまったのだ)してきたので、それが無性に食べたくなり、昨日材料を買っておいた。
で、今日の昼食に作って食べた。ベーコンサンドではなく、ベーコンエッグサンドイッチだけど。もちろんマヨネーズたっぷりで。マスタードとケチャップも忘れずに。カロリーが高いから、しばらく禁じていたんだけど、やっぱりおいしい。ちなみに、蛋白質抜きで、つまりケチャップとマヨネーズだけのサンドイッチも結構いけるのだ。マジで。
しかし、キングの『Dreamcatcher』の内容説明を見ると、あんな排泄物中心の話に、よくこれだけ大層なことが書けるなという感じで驚いてしまう。
「これは「記憶」と「勇気」の物語と言える。少年時代の記憶という、この恐るべき領域から物語を語る・・・」というのだが、そう言われてみれば、たしかにそうなんだけど、じゃあ、これって、結局は少年時代の記憶の中で生み出した、夢のようなものなのか?宇宙人うんぬんも、夢の中の話?
でも実際に人が死んでいたりするわけで、それも記憶の中から作り出した、宇宙人などとは全く関係のない、人間が行った行為だというのだろうか?なんだかよくわからないのだが、これに限らず、「これは夢だった」というストーリーは、「ナルニア国物語」や、オースターの「ルル・オン・ザ・ブリッジ」をはじめ、誰の作品でもがっかりさせられる。
ともあれ、キングのこの本は、気持ちが悪かった。なのに、そこに出てきた「ベーコンサンドイッチ」を食べたくなるというのも、ちょっとどうかとも思うし、嫌だ、嫌だと言いながらも読むのをやめられないというのは、どういうわけなのか。
2005年01月20日(Thu)▲ページの先頭へ
ブルー・ワールド/ロバート・R・マキャモン
『ブルー・ワールド』/ロバート・マキャモン (著), 小尾 芙佐 (翻訳)
文庫: 633 p ; 出版社: 文芸春秋 ; ISBN: 4167309386 ; (1994/09)
※画像は原書 『Blue World』
「あたりがみんなブルーに変わるとき、世界が息を殺しているように見える。これがブルー・ワールドよ。・・・ブルー・ワールドは夜の入り口、でも怖がることはない・・・だってブルー・ワールドはまたやってくるんだよ、夜明けに、それは夜の出口なんだよ・・・」─(ロバート・R・マキャモン「ブルー・ワールド」)
マキャモンは自分でも言っているように、長編作家だと思う。短編は、たしかにホラーとしては面白く、恐怖そのものが描かれているものの、マキャモンの持ち味である善なるものが描かれていない。そういう意味では、「夜はグリーン・ファルコンを呼ぶ」は、唯一善なるものが描かれていたと言えるだろう。
私は、マキャモンのそうした善なる部分が好きだから、やはり長編でないと、と思う。短編集の中の「ブルー・ワールド」は、普通の文庫本1冊ほどの長さがあるので、長編と言ってもいいくらいの中編である。これは、やっぱり良かった。マキャモンは自身も、短編が苦手だと思っているらしい。
世の中に星の数ほどもある、つまらない短編集に比べたら、断然面白い部類だし、世間一般的に見ても、マキャモンの短編がダメだということはないでしょうと思うのだが、私個人の好みとしても、やっぱりマキャモンは長編だなと思う。最後の「ブルー・ワールド」は、それなりの長さがあるから、読み応えもあったし、感動して目頭が熱くなったほどだった。
厳格なカトリックの神父が、教会に告解に来たポルノ女優を好きになってしまい、聖職者にはあるまじき行為に走る。さんざん悩み苦しみながら、そのうち身分を隠して会うようになる。最後には自分の命を賭けて、連続殺人犯から彼女の命を守り通し、命だけでなく、彼女の精神をも地獄から救い出すという話。
厳格な神父であるがゆえに、「おお神様、罪をお許しください」などと思いながら、内心の激しい葛藤と戦っている様がおかしい。こんなときにキリストは一体どうしろと教えているのか?だが、聖書は、キリストも通ったであろうその時期を飛ばしてしまっているので、何の役にも立たない。
しかし、だんだん彼女に惹かれていくにつれ、彼女の生活に深く関わるようになり、神父自身もピアスをつけたり、クラブに行ったりするようになるのだが(自ら進んでというわけではないが)、こうした世俗の底辺にこそ、救うべき魂があるのだと気づく。
結局、厳格な神父だって男なんだから・・・と思っていたが、この神父、なかなかどうして意志が強く、最後の一線は絶対に越えない。シュワちゃんも顔負けのド派手なアクションを演じて彼女の命を救ったばかりでなく、見事に彼女を地獄から救い出し、幸せを祈って旅立たせ、再び厳格な神父へと戻るのだ。(拍手!)
こういうところがマキャモン的だと思う。善はあくまでも善で、その役を担った主人公は、必ずそれをやり遂げ、けして悪には染まらない。この作品の神父も、まさかそんな!といった強さを発揮し、最後まで善をつらぬく。ちなみにこの神父は、マキャモンの一番新しい作品『魔女は夜ささやく』の若い判事見習い(書記だったか?)のマシューを思い起こさせる。
それと、この作品には、これでもか!というくらいに悪態が並んでいる。通常、そういう言葉が頻出する作品はうんざりしてしまうのだが、これに限っては、むしろ痛快とさえ思えた。周囲が悪態だらけのところに、主人公の神父が「罵りの言葉は控えなさい」などと言うのが妙におかしく、それによって全体の品が保たれているといった感じだ。
そもそもホラー作家だから、連続殺人犯の恐怖もしっかり描かれているが、そこにコメディとロマンスの要素も加わっており、さらにアクションとドラマチックな結末というおまけもついて、とても面白い作品だった。しかも舞台はサンフランシスコで、生きているかのような流れる霧と、「ブルー・ワールド」という言葉のイメージが重なって、幻想的なイメージもかもし出している。
『ブルー・ワールド』/ロバート・マキャモン (著), 小尾 芙佐 (翻訳)文庫: 633 p ; 出版社: 文芸春秋 ; ISBN: 4167309386 ; (1994/09)
※画像は原書 『Blue World』
内容説明
マキャモン唯一の短篇集。映画を題材としたアンソロジー『Silver Scream』に収録された「夜はグリーン・ファルコンを呼ぶ」をはじめ、雑誌やアンソロジーなどに発表された主な短篇が収められている。
なかでも「ミミズ小隊」は1985年度世界幻想文学大賞短篇賞を受賞した名篇として知られ、古風なSF/ホラー短篇を思わせる着想を迫真的でリアリスティックな現代的筆法で仕立てたパワフルな作品。テレビ・シリーズ《新トワイライト・ゾーン》の一エピソードとしてウィリアム・フリードキン監督により映像化もされており(邦題は「帰還兵」)、こちらも迫力の出来栄えである。
なお、本書の序文には同志たるホラー作家たちの名にまじって、レイ・ブラッドベリに謝辞が捧げられており、『少年時代』をはじめとする近年の作品に漂うファンタスティックな叙情が、ブラッドベリ直系であることがわかる。
●各短編についての詳細はこちら
マキャモン唯一の短篇集。映画を題材としたアンソロジー『Silver Scream』に収録された「夜はグリーン・ファルコンを呼ぶ」をはじめ、雑誌やアンソロジーなどに発表された主な短篇が収められている。
なかでも「ミミズ小隊」は1985年度世界幻想文学大賞短篇賞を受賞した名篇として知られ、古風なSF/ホラー短篇を思わせる着想を迫真的でリアリスティックな現代的筆法で仕立てたパワフルな作品。テレビ・シリーズ《新トワイライト・ゾーン》の一エピソードとしてウィリアム・フリードキン監督により映像化もされており(邦題は「帰還兵」)、こちらも迫力の出来栄えである。
なお、本書の序文には同志たるホラー作家たちの名にまじって、レイ・ブラッドベリに謝辞が捧げられており、『少年時代』をはじめとする近年の作品に漂うファンタスティックな叙情が、ブラッドベリ直系であることがわかる。
●各短編についての詳細はこちら
「あたりがみんなブルーに変わるとき、世界が息を殺しているように見える。これがブルー・ワールドよ。・・・ブルー・ワールドは夜の入り口、でも怖がることはない・・・だってブルー・ワールドはまたやってくるんだよ、夜明けに、それは夜の出口なんだよ・・・」─(ロバート・R・マキャモン「ブルー・ワールド」)
マキャモンは自分でも言っているように、長編作家だと思う。短編は、たしかにホラーとしては面白く、恐怖そのものが描かれているものの、マキャモンの持ち味である善なるものが描かれていない。そういう意味では、「夜はグリーン・ファルコンを呼ぶ」は、唯一善なるものが描かれていたと言えるだろう。
私は、マキャモンのそうした善なる部分が好きだから、やはり長編でないと、と思う。短編集の中の「ブルー・ワールド」は、普通の文庫本1冊ほどの長さがあるので、長編と言ってもいいくらいの中編である。これは、やっぱり良かった。マキャモンは自身も、短編が苦手だと思っているらしい。
世の中に星の数ほどもある、つまらない短編集に比べたら、断然面白い部類だし、世間一般的に見ても、マキャモンの短編がダメだということはないでしょうと思うのだが、私個人の好みとしても、やっぱりマキャモンは長編だなと思う。最後の「ブルー・ワールド」は、それなりの長さがあるから、読み応えもあったし、感動して目頭が熱くなったほどだった。
厳格なカトリックの神父が、教会に告解に来たポルノ女優を好きになってしまい、聖職者にはあるまじき行為に走る。さんざん悩み苦しみながら、そのうち身分を隠して会うようになる。最後には自分の命を賭けて、連続殺人犯から彼女の命を守り通し、命だけでなく、彼女の精神をも地獄から救い出すという話。
厳格な神父であるがゆえに、「おお神様、罪をお許しください」などと思いながら、内心の激しい葛藤と戦っている様がおかしい。こんなときにキリストは一体どうしろと教えているのか?だが、聖書は、キリストも通ったであろうその時期を飛ばしてしまっているので、何の役にも立たない。
しかし、だんだん彼女に惹かれていくにつれ、彼女の生活に深く関わるようになり、神父自身もピアスをつけたり、クラブに行ったりするようになるのだが(自ら進んでというわけではないが)、こうした世俗の底辺にこそ、救うべき魂があるのだと気づく。
結局、厳格な神父だって男なんだから・・・と思っていたが、この神父、なかなかどうして意志が強く、最後の一線は絶対に越えない。シュワちゃんも顔負けのド派手なアクションを演じて彼女の命を救ったばかりでなく、見事に彼女を地獄から救い出し、幸せを祈って旅立たせ、再び厳格な神父へと戻るのだ。(拍手!)
こういうところがマキャモン的だと思う。善はあくまでも善で、その役を担った主人公は、必ずそれをやり遂げ、けして悪には染まらない。この作品の神父も、まさかそんな!といった強さを発揮し、最後まで善をつらぬく。ちなみにこの神父は、マキャモンの一番新しい作品『魔女は夜ささやく』の若い判事見習い(書記だったか?)のマシューを思い起こさせる。
それと、この作品には、これでもか!というくらいに悪態が並んでいる。通常、そういう言葉が頻出する作品はうんざりしてしまうのだが、これに限っては、むしろ痛快とさえ思えた。周囲が悪態だらけのところに、主人公の神父が「罵りの言葉は控えなさい」などと言うのが妙におかしく、それによって全体の品が保たれているといった感じだ。
そもそもホラー作家だから、連続殺人犯の恐怖もしっかり描かれているが、そこにコメディとロマンスの要素も加わっており、さらにアクションとドラマチックな結末というおまけもついて、とても面白い作品だった。しかも舞台はサンフランシスコで、生きているかのような流れる霧と、「ブルー・ワールド」という言葉のイメージが重なって、幻想的なイメージもかもし出している。
2005年01月17日(Mon)▲ページの先頭へ
Trouble in Bugland/William Kotzwinkle
『Trouble in Bugland: A Collection of Inspector Mantis Mysteries (Godine Storyteller)』/William Kotzwinkle (著), Joe Servello (著)
ペーパーバック: 190 p ; 出版社: David R Godine Pub ; ISBN: 1567920705 ; (1996/09/01)
※邦訳 『名探偵カマキリと5つの怪事件』
この本は、虫の世界版「シャーロック・ホームズ」だ。虫が嫌いな人は全然ダメかも。ホームズ役の名探偵マンティスはカマキリだし、ワトスン博士役のホッパーはバッタだ。他にも虫がたくさん出てくる。虫の世界という設定なのだから、当たり前だが。
これは、今すごく読みたいという本ではなかったのだけど、本が変形サイズで、どこに置いても邪魔になっていたので、しょうがなく片付けることにしたもの。これはこれで、「シャーロック・ホームズ」のパロディだと思えば面白いのだが、だったら、本家本元の『シャーロック・ホームズ大全』を読んだほうがよかったなあとも思う。
虫の世界の出来事は、理科的になかなかよく考えられていて、ほほう〜と思う部分もある。子供向けではあるけれど、普段はあまり使わない、難しい単語も出てきたりもしたので、さらっと読めるかと思ったが、意外に手間取った。
しかし、やはり好き嫌いというのは大きいだろうと思う。私が大嫌いな「名前を言ってはいけないあの虫」とかが出てこなくて良かったなあと、読み終えてほっとした。途中でそんなのが出てきたらどうしようかと、本もしっかり持てずにいるというのは、どうにも落ち着かない。
どうせなら、虫ではなくて動物のほうがよかったのにとは思うが、動物がシャーロック・ホームズに扮しているものはたくさんあるだろうから、やっぱりこれは虫であるところがいいんだろう。
本家本元の「シャーロック・ホームズ」ではどうかわからないが、名探偵のカマキリよりも、助手のバッタのほうが活躍していて、本家もそうなのかな、と。近いうちに大全を読もう!
『Trouble in Bugland: A Collection of Inspector Mantis Mysteries (Godine Storyteller)』/William Kotzwinkle (著), Joe Servello (著)ペーパーバック: 190 p ; 出版社: David R Godine Pub ; ISBN: 1567920705 ; (1996/09/01)
※邦訳 『名探偵カマキリと5つの怪事件』
内容(「MARC」データベースより)
名探偵カマキリと食いしんぼうのバッタ博士は名コンビ。ある日、サーカスの花形、チョウのジュリアナ嬢がショーの最中に消えた。調査に乗りだした2人を待っていたのは血も凍る真実。しかも犯人の魔の手が迫ってきた!全5篇。
名探偵カマキリと食いしんぼうのバッタ博士は名コンビ。ある日、サーカスの花形、チョウのジュリアナ嬢がショーの最中に消えた。調査に乗りだした2人を待っていたのは血も凍る真実。しかも犯人の魔の手が迫ってきた!全5篇。
この本は、虫の世界版「シャーロック・ホームズ」だ。虫が嫌いな人は全然ダメかも。ホームズ役の名探偵マンティスはカマキリだし、ワトスン博士役のホッパーはバッタだ。他にも虫がたくさん出てくる。虫の世界という設定なのだから、当たり前だが。
これは、今すごく読みたいという本ではなかったのだけど、本が変形サイズで、どこに置いても邪魔になっていたので、しょうがなく片付けることにしたもの。これはこれで、「シャーロック・ホームズ」のパロディだと思えば面白いのだが、だったら、本家本元の『シャーロック・ホームズ大全』を読んだほうがよかったなあとも思う。
虫の世界の出来事は、理科的になかなかよく考えられていて、ほほう〜と思う部分もある。子供向けではあるけれど、普段はあまり使わない、難しい単語も出てきたりもしたので、さらっと読めるかと思ったが、意外に手間取った。
しかし、やはり好き嫌いというのは大きいだろうと思う。私が大嫌いな「名前を言ってはいけないあの虫」とかが出てこなくて良かったなあと、読み終えてほっとした。途中でそんなのが出てきたらどうしようかと、本もしっかり持てずにいるというのは、どうにも落ち着かない。
どうせなら、虫ではなくて動物のほうがよかったのにとは思うが、動物がシャーロック・ホームズに扮しているものはたくさんあるだろうから、やっぱりこれは虫であるところがいいんだろう。
本家本元の「シャーロック・ホームズ」ではどうかわからないが、名探偵のカマキリよりも、助手のバッタのほうが活躍していて、本家もそうなのかな、と。近いうちに大全を読もう!
2005年01月16日(Sun)▲ページの先頭へ
電話を切ったら・・・/デリア・エフロン
これは、メグ・ライアン主演の映画「電話で抱きしめて」の原作で、映画のノヴェライゼーションではない。
とはいえ、デリア・エフロンは、先日購入した本『Heartburn』の作者ノーラ・エフロンの妹で、この姉妹は、やはりメグ・ライアン主演の映画「ユー・ガット・ア・メール」などの製作に携わっているので、映画を念頭において、主人公は初めからメグ・ライアンのイメージで、といった雰囲気もある。
内容は娘と父親の話なのだが、その類は弱いから、もっと感動するかと思っていたら、全然だった。呆けてしまった父親をめぐって、あれこれあるのだが、父親が死ぬところでさえ、全然悲しそうではなかったし(変に泣かせようとするのも嫌だが)、拍子抜けした。内容が面白くないというわけではなく、思ったほどの共感を得られなかったといったところか。
それというのも、主人公は3人姉妹の真ん中で、姉と妹と毎日電話で長話をしている。私は長女で、下に弟しかいないので、そういう女だけの状態というのが、まるで想像がつかないのだ。それに、父親から毎日のように電話があるというのも考えられない。父親は無口なものだという先入観があるから、自ら受話器を取るなんて、という感じ。でも、寂しかったんだろうな、このお父さん。
ともあれ、姪姉妹を見ていてもわかるが、女が複数寄ると、かしましい。この小説もそのとおりで、ドタバタではないが、女同士のおしゃべりにあふれかえっている。その中に、父親の声がボソっと入ってくる。私は結構、この父親が好きなのだが、彼女たちは、そういう父親に大迷惑している。
もちろん、父親が死んで悲しくないわけではないのだが、女3人姉妹ともなれば、結束するとものすごく強くなって、泣いてなどいない。これってすごいなあと思う。逆に、それがうらやましくもある。姉や妹が欲しいと思ったことは一度もないが、親の死に目に、同性のきょうだいがいるというのは、きっと心強いだろうなと思う。悪口を言い合っていても、血のつながりは濃い。
| 『電話を切ったら…』 | |
![]() | デリア・エフロン著・兼武進訳 出版社 飛鳥新社 発売日 2000.09 価格 ¥ 1,890 ISBN 4870314347 |
仕事一筋のジョージア、自由奔放なマディ、常識ハズレでお騒がせな父親の世話を押しつけられたイヴ。3人姉妹と父が織りなす人間模様を描いた、映画「電話で抱きしめて」の原作。97年刊の新装版。〈ソフトカバー〉 bk1で詳しく見る ![]() | |
これは、メグ・ライアン主演の映画「電話で抱きしめて」の原作で、映画のノヴェライゼーションではない。
とはいえ、デリア・エフロンは、先日購入した本『Heartburn』の作者ノーラ・エフロンの妹で、この姉妹は、やはりメグ・ライアン主演の映画「ユー・ガット・ア・メール」などの製作に携わっているので、映画を念頭において、主人公は初めからメグ・ライアンのイメージで、といった雰囲気もある。
内容は娘と父親の話なのだが、その類は弱いから、もっと感動するかと思っていたら、全然だった。呆けてしまった父親をめぐって、あれこれあるのだが、父親が死ぬところでさえ、全然悲しそうではなかったし(変に泣かせようとするのも嫌だが)、拍子抜けした。内容が面白くないというわけではなく、思ったほどの共感を得られなかったといったところか。
それというのも、主人公は3人姉妹の真ん中で、姉と妹と毎日電話で長話をしている。私は長女で、下に弟しかいないので、そういう女だけの状態というのが、まるで想像がつかないのだ。それに、父親から毎日のように電話があるというのも考えられない。父親は無口なものだという先入観があるから、自ら受話器を取るなんて、という感じ。でも、寂しかったんだろうな、このお父さん。
ともあれ、姪姉妹を見ていてもわかるが、女が複数寄ると、かしましい。この小説もそのとおりで、ドタバタではないが、女同士のおしゃべりにあふれかえっている。その中に、父親の声がボソっと入ってくる。私は結構、この父親が好きなのだが、彼女たちは、そういう父親に大迷惑している。
もちろん、父親が死んで悲しくないわけではないのだが、女3人姉妹ともなれば、結束するとものすごく強くなって、泣いてなどいない。これってすごいなあと思う。逆に、それがうらやましくもある。姉や妹が欲しいと思ったことは一度もないが、親の死に目に、同性のきょうだいがいるというのは、きっと心強いだろうなと思う。悪口を言い合っていても、血のつながりは濃い。
2005年01月14日(Fri)▲ページの先頭へ
Black House/Stephen King, Peter Straub
『Black House』/Stephen King (著), Peter Straub (著)
マスマーケット: 658 p ; 出版社: Ballantine Books (Mm) ; ISBN: 0345441036 ; (2002/08/27)
冒頭は、なんだ、これは?という感じで、全く乗れなかった。出てくる名前が全て登場人物というわけでもないのに、やたら名前がたくさん出てきて混乱するし、場面展開も頻繁で、一体誰の話をしているのよ?という感じ。何と言っても、ストーリーには直接関係のない余計な話が多い。だからキングの本は分厚くなるのか。
この文体が、キング的なのかストラウブ的なのかよくわからないのだが、奇をてらっている感じがして、これもまた好きではない。キングは話題にもなるし、たまになんとなく読んでしまうのだが、この作品を読む限りにおいて、ストラウブの本は読みたいとは思わない。
とはいえ、先はどうなるんだろう?という好奇心は大いにかき立てられる。前作『タリスマン』では12歳だった少年が、警部補となって事件の捜査に関わるのだが、これがキングには珍しいヒーロータイプなので(おそらく、この人物設定はストラウブなのかもしれない)、とりあえず許せるかなといったところ。作者2人の趣味が出ているような余計なところは飛ばして、超特急で読書中。
ちなみにキングはずっとホラーだったが、ストラウブのほうは純文学思考らしい。キングも、最近は多少純文学にも言及するようになってはいるが。そこで、この作品にもディケンズの『荒涼館』などが頻繁に出てくる。ディケンズ好きと言えば、ジョン・アーヴイングが有名だけれど、キングもディケンズを読んでいるのかどうか・・・このあたりはストラウブの好みかもしれない。
というか、ディケンズの『荒涼館』の原題は『Bleak House』だ。キングとストラウブがこの本のタイトルを『Black House』にしたのは、どこかにディケンズとの共通点を持たせようとしたのだろうか。
それと、キングの少年時代は、家が貧しくてボローニャ・ソーセージのサンドイッチしか食べられなかったと、何かで読んだ記憶があるのだが、この作品にもボローニャ・ソーセージのサンドイッチが何度も出てくる。この部分は、間違いなくキングだろう。それほどボローニャ・ソーセージの記憶は、キングにとって切っても切れないものなのかも。三つ子の魂百までもだ。
内容は「ホラー+ダークファンタジー」という内容なのだが、この二人、オタクだなって感じ。それに、同じくこの二人の共著である『タリスマン』を読んでいないと、この世界にはなかなか入り込めない。さらに、キングの「暗黒の塔」シリーズまで出てくるから、この本だけでは、ちょっと無理がある。
なぜなら、後半はほとんどそういった前作の続きといった趣で、事前に『タリスマン』や「暗黒の塔」シリーズに関連していると知らなければ、何のことやら?という感じだろう。それでも理解できなくはないが、やはりこの世界の深いところまでは入って行けない。
とはいえ、ファンタジー=わけがわからない世界というわけじゃないのだから、これをファンタジーと呼ぶのはどうかな?とも思う。ファンタジーの要素もあるが、ナンセンスものの要素もあり、そこにスプラッターと狂気が混じった世界。怖いというより気持ちが悪いという世界で、最後にはいくつもの異世界が入り混じる。
この本では、邪悪なものの正体は何なのか明らかにされてはいないのだが、前作ではちゃんと書いてあるのだろうか?それに、善なるものの世界であるかのようなテリトリーとは何?と、気持ちが悪いという思いの次には、疑問ばかりが残る。前作を知らなければ、主人公のジャック・ソーヤーの不思議な力は理解できない。私も読んでいないので、なぜソーヤーがそういう立場にいるのか、完全には理解していない。それでも、日頃ファンタジーを読んでいる経験から、そういうものなんだろうなと思えるだけである。
邪悪な存在の根源が現れていないところを見ると、この先まだ続きを書くのかもしれないが、このオタク二人には付き合いきれない。一応ジャック・ソーヤーの使命はここで終わるのだが、さらにスーパー・ジャックとなって登場する可能性もありそうだ。
驚いたことに、この本にはバーナード・マラマッドの名が登場する。マラマッドの『ナチュラル』に言及しているのだが、最初はストラウブの趣味か?と思ったが、そういえばキングは野球好きで、レッドソックスの熱狂的なファンだから、野球のことが書かれた『ナチュラル』についての記述は、キング担当かも。
ディケンズの『荒涼館』(Bleak House)と、この『Black House』の共通点については、ディケンズを読んでいないのではっきりとは言えないが、単なる「似た言葉」でしかなかったようだ。そこまで期待したのが間違い。
この本は、キングとストラウブの、小説や音楽やマンガの好みがずいぶん反映された本だと思うが、よく知られたものならいざ知らず、そうでないものに関しては、いい加減にしてくれよという感じ。とにかく、余計な記述が多すぎるので、実際の登場人物なのか、小説やマンガの中の人物なのか、それを区別するだけでも大変なのだ。逆に言えば、いくら分厚くても、ストーリーに直接関係のない、飛ばせる部分が多いので、適当に読むことができる。読んだからといって、何も残らないけれど。
『Black House』/Stephen King (著), Peter Straub (著)マスマーケット: 658 p ; 出版社: Ballantine Books (Mm) ; ISBN: 0345441036 ; (2002/08/27)
内容(「BOOK」データベースより)
LA市警の敏腕刑事ジャックは、辞職してウィスコンシン州の田舎町に移り住もうとしていた。折しも町では、食人鬼フィッシャーマンによる少年少女誘拐事件が続発。事件の背後にある不可思議な現象を探るうちに、ジャックは、20年前に母親の命を救うために旅立った異界からの呼び声を聞くことに―。稀代の語り部コンビが『タリスマン』に次いで贈る畢生のダーク・ファンタジー。
LA市警の敏腕刑事ジャックは、辞職してウィスコンシン州の田舎町に移り住もうとしていた。折しも町では、食人鬼フィッシャーマンによる少年少女誘拐事件が続発。事件の背後にある不可思議な現象を探るうちに、ジャックは、20年前に母親の命を救うために旅立った異界からの呼び声を聞くことに―。稀代の語り部コンビが『タリスマン』に次いで贈る畢生のダーク・ファンタジー。
冒頭は、なんだ、これは?という感じで、全く乗れなかった。出てくる名前が全て登場人物というわけでもないのに、やたら名前がたくさん出てきて混乱するし、場面展開も頻繁で、一体誰の話をしているのよ?という感じ。何と言っても、ストーリーには直接関係のない余計な話が多い。だからキングの本は分厚くなるのか。
この文体が、キング的なのかストラウブ的なのかよくわからないのだが、奇をてらっている感じがして、これもまた好きではない。キングは話題にもなるし、たまになんとなく読んでしまうのだが、この作品を読む限りにおいて、ストラウブの本は読みたいとは思わない。
とはいえ、先はどうなるんだろう?という好奇心は大いにかき立てられる。前作『タリスマン』では12歳だった少年が、警部補となって事件の捜査に関わるのだが、これがキングには珍しいヒーロータイプなので(おそらく、この人物設定はストラウブなのかもしれない)、とりあえず許せるかなといったところ。作者2人の趣味が出ているような余計なところは飛ばして、超特急で読書中。
ちなみにキングはずっとホラーだったが、ストラウブのほうは純文学思考らしい。キングも、最近は多少純文学にも言及するようになってはいるが。そこで、この作品にもディケンズの『荒涼館』などが頻繁に出てくる。ディケンズ好きと言えば、ジョン・アーヴイングが有名だけれど、キングもディケンズを読んでいるのかどうか・・・このあたりはストラウブの好みかもしれない。
というか、ディケンズの『荒涼館』の原題は『Bleak House』だ。キングとストラウブがこの本のタイトルを『Black House』にしたのは、どこかにディケンズとの共通点を持たせようとしたのだろうか。
それと、キングの少年時代は、家が貧しくてボローニャ・ソーセージのサンドイッチしか食べられなかったと、何かで読んだ記憶があるのだが、この作品にもボローニャ・ソーセージのサンドイッチが何度も出てくる。この部分は、間違いなくキングだろう。それほどボローニャ・ソーセージの記憶は、キングにとって切っても切れないものなのかも。三つ子の魂百までもだ。
内容は「ホラー+ダークファンタジー」という内容なのだが、この二人、オタクだなって感じ。それに、同じくこの二人の共著である『タリスマン』を読んでいないと、この世界にはなかなか入り込めない。さらに、キングの「暗黒の塔」シリーズまで出てくるから、この本だけでは、ちょっと無理がある。
なぜなら、後半はほとんどそういった前作の続きといった趣で、事前に『タリスマン』や「暗黒の塔」シリーズに関連していると知らなければ、何のことやら?という感じだろう。それでも理解できなくはないが、やはりこの世界の深いところまでは入って行けない。
とはいえ、ファンタジー=わけがわからない世界というわけじゃないのだから、これをファンタジーと呼ぶのはどうかな?とも思う。ファンタジーの要素もあるが、ナンセンスものの要素もあり、そこにスプラッターと狂気が混じった世界。怖いというより気持ちが悪いという世界で、最後にはいくつもの異世界が入り混じる。
この本では、邪悪なものの正体は何なのか明らかにされてはいないのだが、前作ではちゃんと書いてあるのだろうか?それに、善なるものの世界であるかのようなテリトリーとは何?と、気持ちが悪いという思いの次には、疑問ばかりが残る。前作を知らなければ、主人公のジャック・ソーヤーの不思議な力は理解できない。私も読んでいないので、なぜソーヤーがそういう立場にいるのか、完全には理解していない。それでも、日頃ファンタジーを読んでいる経験から、そういうものなんだろうなと思えるだけである。
邪悪な存在の根源が現れていないところを見ると、この先まだ続きを書くのかもしれないが、このオタク二人には付き合いきれない。一応ジャック・ソーヤーの使命はここで終わるのだが、さらにスーパー・ジャックとなって登場する可能性もありそうだ。
驚いたことに、この本にはバーナード・マラマッドの名が登場する。マラマッドの『ナチュラル』に言及しているのだが、最初はストラウブの趣味か?と思ったが、そういえばキングは野球好きで、レッドソックスの熱狂的なファンだから、野球のことが書かれた『ナチュラル』についての記述は、キング担当かも。
ディケンズの『荒涼館』(Bleak House)と、この『Black House』の共通点については、ディケンズを読んでいないのではっきりとは言えないが、単なる「似た言葉」でしかなかったようだ。そこまで期待したのが間違い。
この本は、キングとストラウブの、小説や音楽やマンガの好みがずいぶん反映された本だと思うが、よく知られたものならいざ知らず、そうでないものに関しては、いい加減にしてくれよという感じ。とにかく、余計な記述が多すぎるので、実際の登場人物なのか、小説やマンガの中の人物なのか、それを区別するだけでも大変なのだ。逆に言えば、いくら分厚くても、ストーリーに直接関係のない、飛ばせる部分が多いので、適当に読むことができる。読んだからといって、何も残らないけれど。
2005年01月12日(Wed)▲ページの先頭へ
ルーカス(BOOK PLUS)/ケヴィン・ブルックス
『ルーカス』 BOOK PLUS/ケヴィン・ブルックス著・林香織訳
単行本: 358 p ; サイズ(cm): 19
出版社: 角川書店 ; ISBN: 4048970445 ; (2004/12)
コーマック・マッカーシーの『越境』と併読だったが、文学としては、やはり大きな差を感じる。比較するほうが気の毒とは思うが、たまたまそういう状況だったので、仕方がない。
マッカーシーの描く主人公の淡々とした「孤高さ」に比べると、『ルーカス』の感情たっぷり、思い入れたっぷりの自分勝手な主人公には辟易する。こういう主人公を見ると、もう少し落ち着いて、静かにしてくれと思う。よくあるドタバタな小説ではないけれど、精神的に落ち着きのない少女だなと思う。
この主人公、あれはいけないとか、誰は間違っているとか、気の毒だとか、言うことは立派なのだが、行動が伴わず、結局は何もできない。挙句の果てには、突拍子もないことをして、周囲に迷惑をかける。まだ子どもだから仕方がないとも思えない。だったら、静かにしてなさいと。でも、こういう人間ているんだよねとも思う。
主人公が出会う不思議な少年ルーカスは、どこかカール・ハイアセンの『HOOT』に出てくる少年を思い起こさせ、この静かな、だが決然とした少年の存在が、作品を救ったとも言えるだろう。悲しい結末は予想外だったが、この少年には大きな魅力があった。この少年によって、主人公の少女も救われる。
人間の社会に、いつの世も存在する邪悪さゆえ、この結末以外にはありえないという絶望とともに、ある意味でルーカスもまた「孤高」であり、群れた愚かな人間の犠牲になったのだと悲しく思った。この汚れた社会では、「孤高」という言葉は、もはや存在すら危うい。
清く、正しく、美しくとは、社会に迎合せず、孤独でなければできないことなのかもしれない。
『ルーカス』 BOOK PLUS/ケヴィン・ブルックス著・林香織訳単行本: 358 p ; サイズ(cm): 19
出版社: 角川書店 ; ISBN: 4048970445 ; (2004/12)
[内容紹介]
イギリスの小さな島で繰り広げられる、少女と孤独な少年の運命的な出逢いと別れ。忘れられない青春時代の想い出がよみがえり心揺さぶられる、現代の癒しの物語。
イギリスの小さな島で繰り広げられる、少女と孤独な少年の運命的な出逢いと別れ。忘れられない青春時代の想い出がよみがえり心揺さぶられる、現代の癒しの物語。
コーマック・マッカーシーの『越境』と併読だったが、文学としては、やはり大きな差を感じる。比較するほうが気の毒とは思うが、たまたまそういう状況だったので、仕方がない。
マッカーシーの描く主人公の淡々とした「孤高さ」に比べると、『ルーカス』の感情たっぷり、思い入れたっぷりの自分勝手な主人公には辟易する。こういう主人公を見ると、もう少し落ち着いて、静かにしてくれと思う。よくあるドタバタな小説ではないけれど、精神的に落ち着きのない少女だなと思う。
この主人公、あれはいけないとか、誰は間違っているとか、気の毒だとか、言うことは立派なのだが、行動が伴わず、結局は何もできない。挙句の果てには、突拍子もないことをして、周囲に迷惑をかける。まだ子どもだから仕方がないとも思えない。だったら、静かにしてなさいと。でも、こういう人間ているんだよねとも思う。
主人公が出会う不思議な少年ルーカスは、どこかカール・ハイアセンの『HOOT』に出てくる少年を思い起こさせ、この静かな、だが決然とした少年の存在が、作品を救ったとも言えるだろう。悲しい結末は予想外だったが、この少年には大きな魅力があった。この少年によって、主人公の少女も救われる。
人間の社会に、いつの世も存在する邪悪さゆえ、この結末以外にはありえないという絶望とともに、ある意味でルーカスもまた「孤高」であり、群れた愚かな人間の犠牲になったのだと悲しく思った。この汚れた社会では、「孤高」という言葉は、もはや存在すら危うい。
清く、正しく、美しくとは、社会に迎合せず、孤独でなければできないことなのかもしれない。
2005年01月11日(Tue)▲ページの先頭へ
越境/コーマック・マッカーシー
『越境』/コーマック・マッカーシー (著), 黒原 敏行 (翻訳), Cormac McCarthy (原著)
単行本: 390 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 早川書房 ; ISBN: 4152079606 ; (1995/10)
※画像は原書 『The Crossing (The Border Trilogy, V. 2)』
厳しい寒さの中での緊迫した狼と少年の描写が素晴らしい。集中しないと、なかなか難しい文体だけれど、雰囲気は好きなので、徐々に進むだろう。マッカーシーは、時々何を血迷ってか、一部で哲学的なことを書く。今回も例に漏れずなのだが、それも慣れたので、「ああ、ここか」という感じで流せるようになった。実際、この哲学的な部分には、何の意味もないことが多かったりする。
しかし、「まだ昇らない月の光が東の谷間にかかっている霞を硫黄色に煙らせている。ビリーがじっと眺めていると月明かりが荒涼たる平原に流れ出し、やがて大地の向こうから白い太ったぶよぶよの月が昇ってきた」なんていう月の描写は、マッカーシーならではの描写だと思う。月は美しく描かれるものと、だいたい相場が決まっている。けれども、「白い太ったぶよぶよの月」って、たしかにあると思う。
<国境三部作>の他二作に比べても、この作品は自然を非常に鋭く観察している作品だと思う。退屈な情景描写はあまり好きではないが、これに関しては、ひとつひとつの文章をゆっくり噛みしめて読みたいといった感じ。一気に素早く読めるのが面白い本だとも言えるが、この作品のように、どれだけ時間がかかっても、大切にじっくり読みたいものもある。
登場人物の感情など無視して(マッカーシーは心理小説が嫌いらしい)、淡々と語られていくだけなのだが、「淡々と」という書き方は、非常に好ましい。登場人物の気持ちが、読者すべてに共感を得るとは限らないのだから、感情を押し付けることなく、淡々と書いてくれたほうが、読むほうは自由に想像を広げることができ、その分楽しめるというものだ。
訳者あとがきに、以下のようなことが書いてあって、何も考えずに読んでいる私は、へええ〜、そんなにすごい本だったのか!などと今更のように思った次第。
-----------------以下「訳者あとがき」から抜粋
『越境』は、詩と幻想に哲学を織り合わせて、<世界>とは何か、そこにおいて人間はどういう存在であるのかを問う、形而上小説といっていい。作者は《ニューヨーク・タイムズ・マガジン》のインタビューで、プルーストやヘンリー・ジェイムズの小説は理解できない、自分にとってはあれは文学ではないと語っている。プルーストやジェイムズが形而上的深みを持たないとはもちろんいえないが、大雑把にいえば、彼は心理小説には興味がない、彼の文学は社会における人間と人間の関係を扱うのではなく、<世界>(ほぼ<宇宙>といいかえてもいい)と人間の関係を扱うのだ、ということになるだろう。
マッカーシーが本当の文学として挙げるのは、ドストエフスキー、メルヴィルであり、特に『白鯨』が好きな小説だという。実際、『越境』と『白鯨』の親近性は顕著である。『白鯨』では、心理が覆い隠されている場所としての陸と心理が発現する場所としての海が対置されたが、『越境』でもアメリカとメキシコ(ないし人間社会と荒野)という形でその対立構造が描かれる。しかもメルヴィルの海もマッカーシーのメキシコも作者が五感で知悉(ちしつ)している世界であり、形而上世界は鮮烈な色彩と香りと肌触りと響きに満ちた叙事詩の上に築き上げられている。
また『白鯨』では人間はみな<孤児>であるというテーマが重要な意味を持ち、<孤児>であり<自己追放者>であるイシュメイルが宇宙の光を闇のドラマに立ち会い、ひとり生き残るが、『越境』のビリーも<孤児>、<自己追放者>となって<世界>の残酷な真の姿を発見し、みずからは証人として生き延びる(というより死ぬことが許されない)という運命をたどる。ある作品が『白鯨』に比肩しうるなどとは、おいそれといえるものではないが、『越境』がそれをためらわせない作品であることは多くの読者が賛同されることと思う。
----------------------------------------
というわけで、おいそれとは言えないらしいいが、これはなんと『白鯨』と並び称されるくらいの小説だったのだ。とはいえ、『白鯨』はグレゴリー・ペック主演の映画でしか知らず、数年前の誕生日に 八潮版の『白鯨』 をもらってからも、一度もそのページを開いていない私としては、どこにどう親近性があるものやら・・・という感じなのだが、ここまで言われては、『白鯨』も読まなくてはならないだろう。
ちなみに私のPCでは、「はくげい」では一発で出てこない。いつも「しろくじら」と打つ。偉大なる文豪の名作のタイトルなのだから、「はくげい」くらいぱっと出てきてもよさそうなものだけど。
にしても、黒原氏のあとがきを読むと、いつも感心させられる。翻訳をするにあたって、どの作品でも必ず勉強のあとが見えるからだ。おおかたの翻訳家はそれ相応の勉強と下調べをするのだろうが、中にはそうでない翻訳家もいるので、こういったあとがきを目にすると、良心的で真面目な(ほとんどは良心的で真面目だとは思うが)、素晴らしい翻訳家だと感動すらする。
やっと、コーマック・マッカーシーの『越境』を読み終える。とはいえ、これもいつまでも読み終えたくない作品のひとつだった。マッカーシーの世界は、「孤高」という言葉がぴったりの、けして飾られた言葉などないのに、とても美しい世界だ。
前にも書いたかと思うが、マッカーシーの自然の観察眼の鋭さは、あらゆる場面ではっとするものがあって、自然はけして美しいだけでなく、厳しく無情でもあると教えてくれるのだが、それでもなお、彼の描く自然は美しい。
情景描写には、そうたやすく感動しない私だが、彼の言葉は美しい。それは翻訳の黒原氏の力もあると思うが、日本語で読んでも、原文に負けないくらい十分に感動できる。
ただし、この<国境三部作>の二作目は、非常に哲学的な作品だ。三部作の他二作と比較しても、その傾向は顕著だと思う。たまに血迷って哲学的なことを書くマッカーシーが、大いに血迷った作品と言えるだろう。しかしそれが、過酷な自然の描写とあいまって、さらに「孤高さ」を際立たせている。
個人的に芸術的だと思う文章というのには、なかなかお目にかかれないのだが、これは芸術だと思った。
『越境』/コーマック・マッカーシー (著), 黒原 敏行 (翻訳), Cormac McCarthy (原著)単行本: 390 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 早川書房 ; ISBN: 4152079606 ; (1995/10)
※画像は原書 『The Crossing (The Border Trilogy, V. 2)』
内容(「BOOK」データベースより)
第二次大戦前夜―。ニュー・メキシコ州の小さな牧場で育った16歳の少年ビリーは、罠にかかった牝狼を故郷の山に帰してやろうと決心し、ひとり国境を越えてメキシコへ向かう。だが苦難の旅を終え、家に戻ったビリーが知ったのは、馬泥棒に両親が殺されたという恐ろしい事実だった。奪われた馬を取り戻すために、彼は生き残った弟のボイドを連れて、ふたたびメキシコに不法入国する―。失われたものを捜し求め、革命やジプシーや盗賊、そして自然と神話に彩られた異国へと越境していく少年の運命を、ボーダーレスな文体で壮大に描き、絶賛の嵐を呼ぶ「国境三部作」第二作。
第二次大戦前夜―。ニュー・メキシコ州の小さな牧場で育った16歳の少年ビリーは、罠にかかった牝狼を故郷の山に帰してやろうと決心し、ひとり国境を越えてメキシコへ向かう。だが苦難の旅を終え、家に戻ったビリーが知ったのは、馬泥棒に両親が殺されたという恐ろしい事実だった。奪われた馬を取り戻すために、彼は生き残った弟のボイドを連れて、ふたたびメキシコに不法入国する―。失われたものを捜し求め、革命やジプシーや盗賊、そして自然と神話に彩られた異国へと越境していく少年の運命を、ボーダーレスな文体で壮大に描き、絶賛の嵐を呼ぶ「国境三部作」第二作。
厳しい寒さの中での緊迫した狼と少年の描写が素晴らしい。集中しないと、なかなか難しい文体だけれど、雰囲気は好きなので、徐々に進むだろう。マッカーシーは、時々何を血迷ってか、一部で哲学的なことを書く。今回も例に漏れずなのだが、それも慣れたので、「ああ、ここか」という感じで流せるようになった。実際、この哲学的な部分には、何の意味もないことが多かったりする。
しかし、「まだ昇らない月の光が東の谷間にかかっている霞を硫黄色に煙らせている。ビリーがじっと眺めていると月明かりが荒涼たる平原に流れ出し、やがて大地の向こうから白い太ったぶよぶよの月が昇ってきた」なんていう月の描写は、マッカーシーならではの描写だと思う。月は美しく描かれるものと、だいたい相場が決まっている。けれども、「白い太ったぶよぶよの月」って、たしかにあると思う。
<国境三部作>の他二作に比べても、この作品は自然を非常に鋭く観察している作品だと思う。退屈な情景描写はあまり好きではないが、これに関しては、ひとつひとつの文章をゆっくり噛みしめて読みたいといった感じ。一気に素早く読めるのが面白い本だとも言えるが、この作品のように、どれだけ時間がかかっても、大切にじっくり読みたいものもある。
登場人物の感情など無視して(マッカーシーは心理小説が嫌いらしい)、淡々と語られていくだけなのだが、「淡々と」という書き方は、非常に好ましい。登場人物の気持ちが、読者すべてに共感を得るとは限らないのだから、感情を押し付けることなく、淡々と書いてくれたほうが、読むほうは自由に想像を広げることができ、その分楽しめるというものだ。
訳者あとがきに、以下のようなことが書いてあって、何も考えずに読んでいる私は、へええ〜、そんなにすごい本だったのか!などと今更のように思った次第。
-----------------以下「訳者あとがき」から抜粋
『越境』は、詩と幻想に哲学を織り合わせて、<世界>とは何か、そこにおいて人間はどういう存在であるのかを問う、形而上小説といっていい。作者は《ニューヨーク・タイムズ・マガジン》のインタビューで、プルーストやヘンリー・ジェイムズの小説は理解できない、自分にとってはあれは文学ではないと語っている。プルーストやジェイムズが形而上的深みを持たないとはもちろんいえないが、大雑把にいえば、彼は心理小説には興味がない、彼の文学は社会における人間と人間の関係を扱うのではなく、<世界>(ほぼ<宇宙>といいかえてもいい)と人間の関係を扱うのだ、ということになるだろう。
マッカーシーが本当の文学として挙げるのは、ドストエフスキー、メルヴィルであり、特に『白鯨』が好きな小説だという。実際、『越境』と『白鯨』の親近性は顕著である。『白鯨』では、心理が覆い隠されている場所としての陸と心理が発現する場所としての海が対置されたが、『越境』でもアメリカとメキシコ(ないし人間社会と荒野)という形でその対立構造が描かれる。しかもメルヴィルの海もマッカーシーのメキシコも作者が五感で知悉(ちしつ)している世界であり、形而上世界は鮮烈な色彩と香りと肌触りと響きに満ちた叙事詩の上に築き上げられている。
また『白鯨』では人間はみな<孤児>であるというテーマが重要な意味を持ち、<孤児>であり<自己追放者>であるイシュメイルが宇宙の光を闇のドラマに立ち会い、ひとり生き残るが、『越境』のビリーも<孤児>、<自己追放者>となって<世界>の残酷な真の姿を発見し、みずからは証人として生き延びる(というより死ぬことが許されない)という運命をたどる。ある作品が『白鯨』に比肩しうるなどとは、おいそれといえるものではないが、『越境』がそれをためらわせない作品であることは多くの読者が賛同されることと思う。
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というわけで、おいそれとは言えないらしいいが、これはなんと『白鯨』と並び称されるくらいの小説だったのだ。とはいえ、『白鯨』はグレゴリー・ペック主演の映画でしか知らず、数年前の誕生日に 八潮版の『白鯨』 をもらってからも、一度もそのページを開いていない私としては、どこにどう親近性があるものやら・・・という感じなのだが、ここまで言われては、『白鯨』も読まなくてはならないだろう。
ちなみに私のPCでは、「はくげい」では一発で出てこない。いつも「しろくじら」と打つ。偉大なる文豪の名作のタイトルなのだから、「はくげい」くらいぱっと出てきてもよさそうなものだけど。
にしても、黒原氏のあとがきを読むと、いつも感心させられる。翻訳をするにあたって、どの作品でも必ず勉強のあとが見えるからだ。おおかたの翻訳家はそれ相応の勉強と下調べをするのだろうが、中にはそうでない翻訳家もいるので、こういったあとがきを目にすると、良心的で真面目な(ほとんどは良心的で真面目だとは思うが)、素晴らしい翻訳家だと感動すらする。
やっと、コーマック・マッカーシーの『越境』を読み終える。とはいえ、これもいつまでも読み終えたくない作品のひとつだった。マッカーシーの世界は、「孤高」という言葉がぴったりの、けして飾られた言葉などないのに、とても美しい世界だ。
前にも書いたかと思うが、マッカーシーの自然の観察眼の鋭さは、あらゆる場面ではっとするものがあって、自然はけして美しいだけでなく、厳しく無情でもあると教えてくれるのだが、それでもなお、彼の描く自然は美しい。
情景描写には、そうたやすく感動しない私だが、彼の言葉は美しい。それは翻訳の黒原氏の力もあると思うが、日本語で読んでも、原文に負けないくらい十分に感動できる。
ただし、この<国境三部作>の二作目は、非常に哲学的な作品だ。三部作の他二作と比較しても、その傾向は顕著だと思う。たまに血迷って哲学的なことを書くマッカーシーが、大いに血迷った作品と言えるだろう。しかしそれが、過酷な自然の描写とあいまって、さらに「孤高さ」を際立たせている。
個人的に芸術的だと思う文章というのには、なかなかお目にかかれないのだが、これは芸術だと思った。
2005年01月07日(Fri)▲ページの先頭へ
Paradise County/Karen Roberds
『Paradise County』/Karen Robards (著)
マスマーケット: 436 p ; 出版社: Pocket Books (Mm) ; ISBN: 0671786466 ; (2001/12/01)
冒頭を読んだとき、これはロマンスというより、ロマンチック・サスペンスといったほうがいいのかな・・・と思ったが、サスペンス色はあまり濃くなく、やはりロマンスなのだと思った。
父親が亡くなったあと、莫大な損失があることがわかり、農場を手放さなくてはならなくなったアレックス(アレクサンドラ)は、運命の人ジョーと、最悪の出会いをする。農場の管理を任されていたジョーに解雇を申し渡したのだ。
そこから、憎しみから愛情へと変わる、お定まりのプロセスが描かれる。最後は言うまでもなくハッピーエンドになるのだが、ちょっと待ってよ!という感じ。
そもそもアレックスの父親は自殺だとされていたが、そうではなく殺人だったし、アレックスの妹とジョーの息子が、変態の連続殺人鬼(父親もこの犯人に殺された)に拉致され、危ういところで助けられたという経緯があるのだが、かなり重要な要素である父親の死の原因や、妹や息子たちの、下手をすればトラウマになりかねないそうした体験が、あまりにも簡単に済まされているといった感じが否定できない。
アレックスとジョーのロマンスに、果たしてこうした連続殺人鬼のエピソードは必要だったのだろうか?必要であるとすれば、父親の死によって、農場にやってきたという、そのきっかけだけだろう。きっかけだけなら、それこそ自殺だとしても構わなかったわけだ。だとしたら、中途半端なサスペンスはやめて、違うきっかけを考えて欲しかったと思う。
そんなわけで、変態の連続殺人鬼の部分が、どうも邪魔な感じで(実際、誰もそのことについてシリアスになっていない)、納得がいかなかった。ロマンスの上でも納得がいかない部分はたくさんあるのだが、以前に読んだこの人の本でも、やはりあまり納得できなかったという記憶があるので、こんなものかなと。
『Paradise County』/Karen Robards (著)マスマーケット: 436 p ; 出版社: Pocket Books (Mm) ; ISBN: 0671786466 ; (2001/12/01)
内容(「BOOK」データベースより)
資産家だったアレクサンドラの父は事業に失敗し、ケンタッキーの田園地帯にある自分の農場で自殺した。そのため、長女であるアレクサンドラは父の財産を処分せざるをえなくなり、農場の管理人ジョーに解雇を通告した。だが、その夜、農場に泊まった彼女は恐ろしい出来事を体験する―真っ暗な寝室の中で聞こえる何かの息づかい、稲妻に照らしだされる謎の人影。恐怖におののく彼女に救いの手を差し伸べてくれたのはジョーだった…。
資産家だったアレクサンドラの父は事業に失敗し、ケンタッキーの田園地帯にある自分の農場で自殺した。そのため、長女であるアレクサンドラは父の財産を処分せざるをえなくなり、農場の管理人ジョーに解雇を通告した。だが、その夜、農場に泊まった彼女は恐ろしい出来事を体験する―真っ暗な寝室の中で聞こえる何かの息づかい、稲妻に照らしだされる謎の人影。恐怖におののく彼女に救いの手を差し伸べてくれたのはジョーだった…。
冒頭を読んだとき、これはロマンスというより、ロマンチック・サスペンスといったほうがいいのかな・・・と思ったが、サスペンス色はあまり濃くなく、やはりロマンスなのだと思った。
父親が亡くなったあと、莫大な損失があることがわかり、農場を手放さなくてはならなくなったアレックス(アレクサンドラ)は、運命の人ジョーと、最悪の出会いをする。農場の管理を任されていたジョーに解雇を申し渡したのだ。
そこから、憎しみから愛情へと変わる、お定まりのプロセスが描かれる。最後は言うまでもなくハッピーエンドになるのだが、ちょっと待ってよ!という感じ。
そもそもアレックスの父親は自殺だとされていたが、そうではなく殺人だったし、アレックスの妹とジョーの息子が、変態の連続殺人鬼(父親もこの犯人に殺された)に拉致され、危ういところで助けられたという経緯があるのだが、かなり重要な要素である父親の死の原因や、妹や息子たちの、下手をすればトラウマになりかねないそうした体験が、あまりにも簡単に済まされているといった感じが否定できない。
アレックスとジョーのロマンスに、果たしてこうした連続殺人鬼のエピソードは必要だったのだろうか?必要であるとすれば、父親の死によって、農場にやってきたという、そのきっかけだけだろう。きっかけだけなら、それこそ自殺だとしても構わなかったわけだ。だとしたら、中途半端なサスペンスはやめて、違うきっかけを考えて欲しかったと思う。
そんなわけで、変態の連続殺人鬼の部分が、どうも邪魔な感じで(実際、誰もそのことについてシリアスになっていない)、納得がいかなかった。ロマンスの上でも納得がいかない部分はたくさんあるのだが、以前に読んだこの人の本でも、やはりあまり納得できなかったという記憶があるので、こんなものかなと。
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