Nonfiction

Reading Diary
2007年06月03日(Sun)▲ページの先頭へ
エレガントな象─続続葭の髄から/阿川弘之

『エレガントな象―続続葭の髄から』/阿川 弘之 (著)
単行本: 228ページ
出版社: 文藝春秋 (2007/04)
ISBN-10: 4163674608
ISBN-13: 978-4163674605

内容
美しい日本語がここにあります。ユーモアに富み、ウイットをきかせ、あるべきさまを語り、なすべきことを説いて、随筆の醍醐味ここに極まる。


美しい日本語、まともな文章が読みたくて読みましたが、まさか旧仮名づかいとは思いませんでした。とは言え、そういう仮名づかいは宮沢賢治などで慣れているので、読むのに支障はありませんでしたが。

著者のユーモアに何度か笑わせられるところもあり、この年代(80代〜90代)までなると、偏屈を通り越してなぜか可愛くなってくるのが不思議ですが、漢語を勉強している世代の文章は、テンポが良くて気持ちがいい。

ひとつ、著者は戦争体験者であり、兵隊仲間の話となると、海軍同窓会のようになってしまうのは致し方ないかもしれません。

こういう本は、本当に美しい日本語、まともな文章を勉強して欲しいと思う人達には、興味がない、退屈だと見向きもされないのでしょうね。これこそちゃんとした大人の文章だと思うのに、非常に残念です。

2007年05月29日(Tue)▲ページの先頭へ
不都合な真実/アル・ゴア

『不都合な真実』/アル・ゴア (著), 枝廣 淳子 (翻訳)
大型本: 325ページ
出版社: ランダムハウス講談社 (2007/1/6)
ISBN-13: 978-4270001813
ASIN: 427000181X

商品の説明
全米公開後、大ヒットしているドキュメンタリー映画『不都合な真実』の書籍版。米国の元副大統領が、瀕死の状態にある地球の現状を訴える。日本でも1月の映画公開に合わせて書籍が刊行された。

大統領選の落選後、著者は世界中を回って環境問題に関するスライド講演を行ってきた。書籍も映画も、そのスライドが基になっている。30年以上、研究してきた気候変動問題を中心に、地球環境にかかわる研究成果を収録する。

過去1000年間の北半球の温度推移、100年前と現在の氷河の様子、急増するハリケーンや台風災害、アマゾンの森林破壊の実態など、地球環境の深刻さを伝える図表や写真をふんだんに掲載する。360点あまりの図表や写真はすべてカラー。一目見て「危機的状況」とわかる資料があふれており、圧倒される。

一方で、本書は著者がなぜ地球環境問題に目覚めたのかを振り返る半生記にもなっている。きっかけは大学で、大気中のCO2量の測定を最初に提案した科学者、ロジャー・レヴェルに学んだこと。地球温暖化問題に大きく心を動かされた著者は、議員になってからも、議会が温暖化に関する初の公聴会を開催する手助けをしたり、公聴会や科学討論会議長を務めるなど積極的に活動を続けた。

最大の転機は1989年、6歳の息子が交通事故で瀕死の重体に陥ったことだという。この瞬間、「かつては緊急なことに思えていたものが、本当は取るに足らないものだと突然わかった」。「自分は本当はどのように自分の時間を使いたいのだろう?」と自問した結果、地球環境問題に活動と知恵、創意の大部分を向けるべきと自覚したという。

こうして形成された地球環境問題への関心と解決に向けての使命感は実に強固だ。環境問題は多くの政治家や企業経営者が耳を傾けようとしない「不都合な真実」だが、それに真っ向から立ち向かい、解決しようと努力する姿勢に心を打たれる。読者に対しても、日々の暮らしの中で小さな努力を重ねることで事態は変えられると主張。誰もが「不都合な真実」に真摯に向き合うことを促している。
(日経エコロジー 2007/03/01 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)


かなり前に図書館に予約して、やっと順番が回って来ました。興味を持っている人は多いでしょうが、地球に生きている者として、必読の本だと思います。世界中の人々が、けして他人事ではないのだと自覚するべき事実です。

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私たちが直面している気候の危機は、ときにはゆっくり起こっているように思えるかもしれない。しかし、実際にはものすごい速さで起こっている。これほど明らかな警告が私たちの指導者たちの耳に届いていないように見受けられるのは、なぜなのだろうか?それを認めた瞬間に、道義的に行動を起こさねばならなくなることを知っているがために、警告を無視するほうが都合がよいから、というだけなのだろうか?そうなのかもしれない。しかし、だからといって、不都合な真実が消え去るわけではない。放っておけば、ますます重大になるのである。

―アル・ゴア

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2007年05月27日(Sun)▲ページの先頭へ
サミング・アップ/サマセット・モーム

『サミング・アップ』/サマセット・モーム (著), 行方 昭夫 (翻訳)
文庫: 385ページ
出版社: 岩波書店 (2007/02)
ISBN-10: 4003725018
ISBN-13: 978-4003725016
商品の寸法: 14.6 x 10.6 x 2 cm

訳者あとがきより
本書は20世紀前半を代表するイギリス作家の一人であるサマセット・モーム(1874-1965)の回想録である。モームは日本で紹介されてから既に70年近くになり、一般読者にもかなりよく知られている。作者自身は「本書は自伝ではないし、また回想録というのでもない」と述べているが、確かにいろいろな要素が混じっている。モームという人と文学について知るのに、これくらい適切な書物はない。本書はモームが64歳のときに発表されたが、少し以前からぜひこれだけは書き残したいと念願したことを、誰にも気兼ねせず、洗いざらい、死ぬ前に整理したいというので執筆したものである。


2007年04月24日(Tue)▲ページの先頭へ
チャーリーとの旅/ジョン・スタインベック

『チャーリーとの旅』/ジョン・スタインベック (著), 竹内 真 (翻訳)
単行本: 446ページ
出版社: ポプラ社 (2007/03)
ISBN-10: 4591097269
ISBN-13: 978-4591097267

内容
自分はどれだけ祖国の実情を知っているだろう――そんな疑問にとりつかれた作家スタインベックは、特注キャンピングカーに愛犬チャーリーを乗せ、アメリカ一周の旅に出た。人生の哀歓と自然の美しさに彩られた旅は、まるで人生そのもののように浮き沈みを繰り返しながら進んでいく。孤独とともに16000キロを走り抜けた4ヶ月。いまなお世界中の読者に愛される、旅文学の傑作!


今年3月に出版された新装版ですが、やはりスタインベックはすごい!さすがノーベル賞作家だけのことはありますね!久しぶりに、まともな文体、まともな構成、まともな日本語(これは翻訳によるところが大きいですが)、ちゃんとした大人の文章を読んだなという感じがして嬉しいです。


ジョン・スタインベックの『チャーリーとの旅』を読み終えてしまった。何事にも終わりはあり、スタインベックの旅も遂に終わりを迎えてしまったということだけど、スタインベックの文章は、いつまでも読み終えたくないと思わせる何かがある。読み終えてしまうのが残念でたまらない。スタインベックと共に、ずっとアメリカを旅していたかった。

読む前は、かなり昔の事であるかのような錯覚をしていたのだが、わずか50年ほど前の話である。50年と言えば長いような気もするけれど、現代社会はそう変わってはいない。スタインベックの見聞きしたことは、現在の話としても十分通用する。今でもどこかで戦争はあるし、人種差別もある。

ちょっと偏屈な面もあるスタインベックだが、自分の国であるアメリカへの愛情はかけがえのないものだ。アメリカの良いところも悪いところも受け入れた結果は、早く家に帰りたいということであったが、最後にホームタウンであるニューヨークで迷子になるなど、笑わせてもくれる。

スタインベックが意外にも愛妻家であったことや、犬の品格の高さなど、へえーと思うこともしばしば。旅は楽しいことばかりではないけれど、普段は気付かないような、いろいろなことを気付かせてくれる。旅はやはり長期間するものだなと。

2007年03月12日(Mon)▲ページの先頭へ
現役大学生による学問以外のススメ/「学外活動」出版プロジェクト

『現役大学生による学問以外のススメ』/「学外活動」出版プロジェクト (編集)
単行本(ソフトカバー): 221ページ
出版社: 辰巳出版 (2007/3/9)
ISBN-10: 4777803732
ISBN-13: 978-4777803736
商品の寸法: 18.6 x 12.8 x 2 cm


大学以外で学外活動をして、何かを見つけた大学生たちのドキュメンタリーですが、結構皆一生懸命やっているんだなと。若さというパワーが溢れてます。

しかし、これはほんの一部の特殊な成功例でしょう。とは言え、彼らに共通しているのは、忙しいだの疲れただのと弱音を吐かず、強い意志を持って自分のしたいことに打ち込んでいる姿。これは素晴らしいと思うし、見習わなければならないなと思います。

こうしたことができるのも、大学生というある程度自由のきく立場であるからと言えるかもしれませんが、大学という場にとどまらず、その自由な身分を活かして活躍することは良いことかと。

せっかく入った大学だから、そこでの勉強もおろそかにはして欲しくはないですが、学外で活躍している人のほとんどが、勉強もしっかりやっている。やむを得ず留年、中退したという人もいますが、そういう人も意識としては、ちゃんと勉強しようと思ってはいる。

自分が何をしたらいいのかわからないという悩める大学生にとって、この本が参考になるかどうかはわかりませんが、皆頑張ってやってるんだと思って、そうしたパワーを少しでも感じられればいいのかなと思います。

2007年01月23日(Tue)▲ページの先頭へ
ふたつのアメリカ史―南部人から見た真実のアメリカ/ジェームス・M・バーダマン

『ふたつのアメリカ史―南部人から見た真実のアメリカ』/ジェームス・M・バーダマン (著), James M. Vardaman (原著)
単行本: 230ページ
出版社: 東京書籍; 改訂版版 (2003/10)
ISBN-13: 978-4487799411
ASIN: 4487799414
サイズ (cm): 19 x 13

内容(「BOOK」データベースより)
リンカーンは「悪魔」である。私たちが知らされているアメリカ像とその歴史を信じてはならない―。国家の成立以来、常に異端視され武力によって制圧されてきた、もうひとつの国家=アメリカ南部。そこに生まれた著者が語る、まったく新しいアメリカ全史とは。日本人のこれまでのアメリカ観をひとつひとつ根底から覆す意欲作。日本在住の著者が今こそ問う一冊。


2006年10月11日(Wed)▲ページの先頭へ
短編小説のアメリカ52講 こんなにおもしろいアメリカン・ショート・ストーリーズ秘史/青山南

『短編小説のアメリカ 52講 こんなにおもしろいアメリカン・ショート・ストーリーズ秘史』/青山 南 (著)
単行本(ソフトカバー): 280ページ
出版社: 平凡社 (2006/9/12)
ASIN: 4582765866

内容(「BOOK」データベースより)
「アメリカの国民芸術」と言われる短編小説。その豊穣でドラマチックな世界を、開祖E.A.ポーから21世紀のEジン作家出現まで、そして雑誌・編集者・評論家の活躍、原稿料・ボツ原稿・文学賞・ベスト作品といった興味津々の具体的な裏情報を駆使して案内する、ユニークな歴史エッセイにして新しいアメリカ文化入門。52講は、どこからでも自在にアプローチ可能。


青山先生の新しい本『短編小説のアメリカ 52講 こんなにおもしろいアメリカン・ショート・ストーリーズ秘史』が出た。また今回も長いタイトルだよね。それでも前よりはちょっと短めだけど・・・。(^^;

また今回も、と書いたのは、この本は以前に出版された『アメリカ短編小説興亡史─とめどもなくあらわれるアメリカの短編小説をめぐる、めどもなくあられもない断片的詳説』を元に、新たに平凡社ライブラリーから文庫化されたものだからだ。

単行本では注釈としてついていた部分が、文庫では本文のなかに組み入れられた格好になっているところが変化しているのと、元の本から6年という月日が経っているため、新しい章もいくつか追加されているらしい。

とはいえ、元の本の内容もすでに忘却の彼方となっているので、ほとんど新規で読むのと変わらないくらいだろうとは思うが、とにかく長いタイトルだったというのだけは鮮明に残っている。なにしろタイトルが覚えられなかったというのを覚えているくらいだから、ひたすら長い。

その感想を書いた時も、『アメリカ短編小説興亡史─とめどもなくあらわれるアメリカの短編小説をめぐる、めどもなくあられもない断片的詳説』というのを全部書ききれなくて、『アメリカ短編小説興亡史』としてしまったくらい(失礼しました)。

というわけで、中身のほとんどは『アメリカ短編小説興亡史─とめどもなくあらわれるアメリカの短編小説をめぐる、めどもなくあられもない断片的詳説』の中にあるのだろうと、今回は図書館で借りて見比べてみることにした次第。

もちろん、単行本の『アメリカ短編小説興亡史─とめどもなくあらわれるアメリカの短編小説をめぐる、めどもなくあられもない断片的詳説』は持っている。


前に読んでいるとはいえ(新たに追加された部分を除いて)、やっぱり忘却の彼方だった。個人的には、単行本では注釈で書かれていたことが本文に入ってきて、断然読みやすくなった感じはしたけれど。

また、私は短編より長編のほうが好きなのだが、なぜ短編が苦手なのか・・・というのを、改めて再び納得させられた。ジョン・アーヴィングも短編が苦手で長編好き。だからアーヴィングが好きなのかもねとか、都合よく解釈したりして。

ただ、ジョイス・キャロル・オーツの言う短編の定義は、現代アメリカ文学の短編ということだと思う。例えば、すでに古典の部類であるイギリスのサマセット・モームなどの作品には、その定義はすべては当てはまらないのではないかと。

2006年05月28日(Sun)▲ページの先頭へ
大いなる秘密「爬虫類人」(レプティリアン)〈上〉超長期的人類支配計画アジェンダ全暴露!!/デーヴィッド・アイク

『大いなる秘密「爬虫類人」(レプティリアン)〈上〉超長期的人類支配計画アジェンダ全暴露!!』/デーヴィッド・アイク (著), David Icke (原著), 太田 龍 (翻訳)
単行本(ソフトカバー): 588 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 三交社 ; ISBN: 4879191450 ; 上 巻 (2000/08)

内容(「BOOK」データベースより)
ついに、人類を陰で操作する超巨悪の正体を掴まえた!!超長期的人類完全支配計画アジェンダ全暴露!!イルミナティ世界権力の本拠地、英米のド真ん中に出現した超々ラディカルな大著。驚嘆・感嘆・興奮させる掛け値なし血わき肉躍る「世界を変えてしまう著作」。

内容(「MARC」データベースより)
地球原人を操作して家畜人化した「爬虫類人」とは? そして彼らの代理人として人類支配を行う秘密結社の正体とは? 超長期的人類支配計画アジェンダの全貌を明らかにする。

2006年05月17日(Wed)▲ページの先頭へ
米国同時多発テロの「謀略史観」解析―真犯人は国際イルミナティ三百人委員会だ!/週刊日本新聞 (編集)

『米国同時多発テロの「謀略史観」解析―真犯人は国際イルミナティ三百人委員会だ!』/週刊日本新聞 (編集)
単行本: 127 p ; サイズ(cm): 21 x 15
出版社: 三交社 ; ISBN: 4879195804 ; (2001/11)
内容(「BOOK」データベースより)
MI6(英国)元諜報員、元米軍関係者、共和党米大統領候補者リンドン・ラルーシュ、元英国テレビキャスターなど海外アナリストの、マスメディアでは絶対扱わない“危ない”最新・最深の情報を基に「週刊日本新聞」編集主幹太田龍が読み解く「911テロ」の全真相。


今日読み終えた『米国同時多発テロの「謀略史観」解析―真犯人は国際イルミナティ三百人委員会だ!』だが、ある意味で笑えるのだが、海外の文書の翻訳もひどいし、結局何を言いたいのか、どんどん焦点がずれていってしまって、なんともお粗末という感じ。

例えば、テロの真犯人はユダヤ人だと言うなら、徹底的にそれについて書かれていればいいのだが、ネタ本がいろいろあるせいか、ところどころで宇宙人になったり、わけがわからなくなったりして、だから何なの?となってしまう。ネタ本になったトンデモ本の寄せ集めの本でしかないといった感じ。確かに、こんな本ばかり読んでいたら気違いになってしまうだろう。

「ジョージ・ブッシュ(パパ)は幼児性愛者の連続殺人犯だ!」などと断言している割に、全く説得力に欠ける。まだ、これのネタ本になっているデーヴィッド・アイクの『大いなる秘密』のほうが、ストーリーが一貫していて説得力がある。

2006年05月01日(Mon)▲ページの先頭へ
わがタイプライターの物語/ポール・オースター

『わがタイプライターの物語』/ポール・オースター (著), 柴田 元幸 (翻訳)
単行本: 96 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 新潮社 ; ISBN: 4105217100 ; (2005/01/28)

内容(「MARC」データベースより)
誰もがデジタルに改宗するなかで、私は最後に1人残った異端の徒のようになっていった。でも気にしなかった…。オースターとオリンピア・タイプライターとの睦まじい関係を綴る本当の話。カラー挿画とスケッチ39点も収録。


『ナイト・ウォッチ』で煮詰まってしまったので、気分転換にオースターの『わがタイプライターの物語』を読んだ。ページ数も少ない上に、絵が多いので、あっという間に読み終えたが、これって、オースターの本というより、画家の画集でしょう。

たまたま絵の題材がオースターのタイプライターだっただけで、そこにオースターがちょっと文章をつけたといった体裁の本。柴田さんが翻訳するほどのものでもなく・・・という感じ。

この絵は面白いし好きだけど、本の作り方に疑問。オースターくらいに名前が売れると、ポール・オースターと名前をつけるだけで、こんな本でも(小説ではないといった意味だけど)売れてしまうのかな。なんだ、村上春樹みたいじゃないか。

最近のオースターは、売れるものは何でも出すといった感じがしなくもないので、あまり好みでなくなってしまった。やはりアーヴィングのように、しっかりした小説を書いてほしいなと思う。小説を出していないわけではないけれど。

また、「本当の話」というのが近頃オースターの売りっぽくて、これもまた気に入らないというのが正直なところ。だって、編集された「本当の話」を書いてるのはオースターじゃないんだもの。そういう話をオースターの感性で選んでいると言えば、まあいいんだろうけど、私は小説家のオースターが好きだったわけで・・・。

2006年01月26日(Thu)▲ページの先頭へ
死海文書の封印を解く―二千年の眠りから覚めたユダヤ・キリスト教の驚くべき真実/ベン・K.・ソロモン

『死海文書の封印を解く―二千年の眠りから覚めたユダヤ・キリスト教の驚くべき真実』/ベン・K・ソロモン (著), Ben K. Solomon (原著)
単行本(ソフトカバー): 204 p ; サイズ(cm): 17
出版社: 河出書房新社 ; ISBN: 4309501478 ; (1998/04)

内容(「BOOK」データベースより)
1947年、死海のほとりの洞窟で、キリスト教とユダヤ教の歴史を根底から揺さぶる古文書が発見された。その公開はなぜか遅れ、「バチカン陰謀説」が囁かれるなど、謎とスキャンダルに満ちた「死海文書」の真相に迫る。

2005年10月29日(Sat)▲ページの先頭へ
ミシシッピ=アメリカを生んだ大河/ジェームス・M・バーダマン

『ミシシッピ=アメリカを生んだ大河』 講談社選書メチエ/ジェームス・M・バーダマン (著), 井出野 浩貴 (翻訳)
単行本: 240 p ; サイズ(cm): 19
出版社: 講談社 ; ISBN: 4062583380 ; (2005/08/11)

出版社 / 著者からの内容紹介
「偉大なる褐色の神」を旅する。
ミシシッピはアメリカという林檎を貫く「芯」である。ニューオーリンズの情熱的なクレオール文化。デルタの苛酷な環境が生んだブルース。公民権運動の舞台メンフィス。NYや西海岸を見てもわからない、アメリカの歴史と文化の本質を探る4000キロ縦断の旅。

目次
第1章 ミシシッピ7つの道
第2章 川がはぐくんだ文化─河口からニューオーリンズへ
第3章 デルタをゆく
第4章 ミシシッピとマーク・トウェイン─セントルイスからハンニバルへ
第5章 ミシシッピから歴史が見える─ノーヴーから四つ子都市まで
第6章 源流へ

2005年08月20日(Sat)▲ページの先頭へ
ハサミを持って突っ走る/オーガステン・バロウズ

『ハサミを持って突っ走る』/オーガステン・バロウズ (著), 青野 聡
単行本: 305 p ; サイズ(cm): 20
出版社: バジリコ ; ISBN: 4901784560 ; (2004/12)

内容説明
ぼくたちは見えないものを追いかけて走っている−。アル中の父と精神病の母に放り出され、患者のような精神科医の奇妙な家で過ごした痛ましくも可笑しい少年時代。


タイトルに興味を惹かれて、図書館で借りたのだが、とにかく変な話だった。正常とは思えない所での、正常とは思えない人たちの話である。そうなると、「まとも」って何?みたいな感じになってきて、その正常とは思えない人たちの正常とは思えない行動が、普通に正常じゃないかと思えてくるから怖い。

これは、バロウズの13歳から18歳までの、なんだっけ?ええと、まあとにかく自伝的な話ってことで、カバー裏の写真を見てしまうと、「こいつが13歳であんなことをしちゃって、こうなっちゃったの?」みたいな感じで、なんだか気持ちが悪くなってもくるのだが、 ものすごくおまけをして 良い方にとれば、デビッド・セダリスの 『すっぱだか』 のようでもある。

セダリスは大好きなので、他人に「バロウズはセダリス(の作風)に似ている」などと言われたら、たぶん怒ってしまうだろうけど、自分で言う分にはいい。それに、本心からそう思っているわけでもないし。あえて言えばセダリスっぽいけれど、根本的には違うと思っている。なんたって、セダリスは正常とは思えない人の部類ではない。

でも、主人公が飄々としているところや、バロウズのユーモア感覚などは、たしかにセダリスに共通しているかもしれない。しかしこの小説は、猥雑だ。幸か不幸か、主人公が(バロウズがと言ってしまってもいいかもしれないが)あれやこれや経験した年齢を考えると、エログロな部分がかなりどぎつい。セダリスは読み終えるのがもったいない感じがしたが、この本は、何度か途中でやめたくなったりもした。セダリスのほうがはるかに上品であることは間違いない。

かといって、この本が面白くないというわけではなく、バロウズのユーモア感覚はなかなか好きだし、全体としては面白かったのだが、笑って読みすごすことのできなかった猥雑さが、どこか悲しい気分にもさせる。

ともあれ、ストレスがたまってくると、私もハサミでも持って突っ走りたくなってくる。要注意!

2005年07月06日(Wed)▲ページの先頭へ
ユダヤを知る辞典/滝川義人

『ユダヤを知る事典』/滝川 義人 (著)
単行本: 291 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 東京堂出版 ; ISBN: 4490103638 ; (1994/05)

内容(「MARC」データベースより)
世界史のなかで精神文化や芸術・科学に多大な貢献をしながら、さまざまな差別を受けてきたユダヤ人。その民族の2000年の流浪と迫害の歴史、ユダヤ教とユダヤ人、現代のイスラエルについて語る。

出版社より
ユダヤ民族2000年の流浪と迫害の歴史、ユダヤ教とユダヤ人また現代のイスラエルとユダヤ世界など、中東問題を知るために必要な知識も平易に解説し、日本人の誤ったユダヤ観をただす。


最初は馴染みのない言葉や固有名詞が頭に入らなくて困ったが、「アラブとイスラエル」の授業を聞いてから読んだら、すんなりと入ってきた。先生が言っていたのはこのことか、と再度確認できた。

それにしても、世界的なユダヤ人迫害は、一体何を根拠にしているのだろうか。それについては、いまだによく理解できないのだが、人類は少数、あるいは弱者を迫害する性格を持っているらしいから、根拠など何もないのかもしれない。そしてまた、弱者であるはずのマイノリティが、その能力を垣間見せたとき、強者であると思っている人間は恐怖におののき、それを排除しようとするのだろう。

現在のアラブとの戦いは、これもまた解決の糸口が見えない問題のようである。アラブの目的は、「イスラエルをつぶすこと」であり、けして和平ではない。「イスラエルをつぶすこと」は、今現在、上に書いたように、弱者であるはずのマイノリティが、大きなアラブよりも強かったりするので、とにかく気にいらないというわけなのだろう。どんなにイスラエルが譲歩しようとしても、アラブは頑なに拒否している。

パレスチナ紛争においては、日本のマスコミは、どちらかといえばアラブ側だが、この本はタイトル通り、イスラエル寄りの内容。しかし不公平感は全くない。むしろ、日本人がアラブ側の情報しか知らされていなかった部分を補うための文献として、読むべき本の1冊と思う。

建国以降、イスラエルの発展は目覚しいものがあるが、「今しなければ後はないかもしれない」、「負けたらおしまい」という、ユダヤ民族の持つ切羽詰った気持ちの表れとも思える。それは長い間、常に瀬戸際に立たされ続けてきたユダヤ民族に培われてきた、不屈の強さかもしれない。

しかし、同じ旧約聖書を元とするユダヤ教、キリスト教、イスラム教が、なぜ憎しみあって戦争をしなければならないのか。おおもとの神は一緒のはずなのに、「異端」とは何なのか。ユダヤ教に比べれば、キリスト教やイスラム教など新興宗教ではないのか?と思うのだが、神はそうした人類の迷いを正すすべを示してはくれないのだろうか。

2005年06月06日(Mon)▲ページの先頭へ
アメリカ南部―大国の内なる異郷/ジェームス・M・バーダマン

『アメリカ南部―大国の内なる異郷』/ジェームス・M. バーダマン (著), James M. Vardaman (原著), 森本 豊富 (翻訳)
新書: 249 p ; サイズ(cm): 18
出版社: 講談社 ; ISBN: 4061492535 ; (1995/06)

出版社/著者からの内容紹介
「古き良き」大農園文化(プランテーション)。一方に、過酷な生活から花開いた黒人文学や音楽。合衆国史を重層的に彩り、今なおアメリカの深奥に生きる「南部(ディクシー)」世界。

メンフィスの夜――4月3日の夜、キング牧師は講演の中で、「私はもう山頂に到達したが、モーセのように「皆と一緒に約束の地に行くことはできないかもしれない」と暗示的なことを述べた。その講演は、皮肉にも翌日に起こった彼の運命を言い当てていた。ロレイン・モーテルの2階のバルコニーで、キング牧師はジェイムズ・アール・レイの凶弾に倒れた。全米はおろか、全世界で名の知れ渡っていた公民権運動家の暗殺の知らせは、全米を駈けめぐった。公民権運動の偉大な指導者が凶弾に倒れたという悲報を受けて、全米各地で暴動が発生した。私のいたローズ大学(Rhodes College)では、学生はダウンタウンに出かけないように申し渡された。そして、メンフィス市全域に夜間外出禁止令が出された。大学寮の窓の外を、武装した兵を乗せた軍の搬送車が通り過ぎで行ったときのことが、今でも鮮明な記憶として甦ってくる。幸いにメンフィスでは、大きな騒動は起こらなかった。しかし、公民権運動を推し進めていた人々の表情は、明らかに深い落胆のそれであった。――本書より

2005年05月27日(Fri)▲ページの先頭へ
わが心のディープサウス/ジェームス・M・バーダマン、スティーブ・ガードナー

<再読>
『わが心のディープサウス Lands&Memory 記憶の風景』/ジェームス・M・バーダマン (著), スティーブ・ガードナー (写真), 森本 豊富 (翻訳)
単行本: 125 p ; サイズ(cm): 21 x 15
出版社: 河出書房新社 ; ISBN: 4309267815 ; (2004/09/02)

以前の感想


2005年05月25日(Wed)▲ページの先頭へ
ストレンジ・ワールド〈PART1〉/フランク・エドワーズ

『ストレンジ・ワールド〈PART1〉』/フランク・エドワーズ (著), 中場 一典 (翻訳), 今村 光一 (翻訳)
単行本: 236 p ; サイズ(cm): 19 x 13
出版社: 曙出版 ; ISBN: 4750806072 ; PART1 巻 (1990/12)
内容(「BOOK」データベースより)
私たちの科学は"万能"という幻想のもとに地球上で起こるあらゆる事象に明確な答を出してきた。そして、科学で容易に割りきれぬことがらに対しては、"現時点では不明"という便利な一言で片づけられてきた。本書は、そうした"現時点では不明"な、「科学では解明できない不思議なできごと」を厳密な裏づけを通して収録したものである。本書中の物語はすべて実話であり、いまだに謎として残るものである―。

目次
消えたデビッド・ラング氏の霊界からの声
半世紀早く無線電信を発明した男
鯨の胃袋から生敢還した男
未知の怪獣と"悪魔の足跡"
突然姿を消した30人のエスキモー
何千年も生きていた化石
巨大海獣と消えた船の謎
奇妙な夢のお告げを証する記念碑
3千年も眠りつづけていた"正夢"
夢のもつ恐るべき予知能力〔ほか〕

2005年03月08日(Tue)▲ページの先頭へ
竹内文書と月の先住宇宙人/飛鳥 昭雄

『竹内文書と月の先住宇宙人 超知ライブラリー (007)』/飛鳥 昭雄 (著)
単行本: 339 p ; サイズ(cm): 20
出版社: 徳間書店 ; ISBN: 4198619492 ; (2004/11/20)


出版社 / 著者からの内容紹介
竹内文書に記された超古代情報が最先端宇宙人情報から証明されるという驚くべき事態を伝える衝撃の書。


ユダヤ関連の本を検索していて、これはどうしても読まなきゃ!とわくわくしてしまったのが、今日読了した『竹内文書と月の先住宇宙人』だ。そもそも不思議な古文書「竹内文書(たけのうちもんじょ)」の存在は知っていたものの、一体どんなものなのかまるでわからず、常々内容を知りたいと切望していたのだ。

しかし、たとえ目の前にあったとしても、たぶん全然読めないだろう。なぜなら「神代文字」というハングル文字にも似た文字で書かれているからで、だからこそ偽書であるという汚名を着せられたりしているのだが、今回の本で、だいたいの内容はわかった。

古事記と日本書紀(合わせて記紀)は、神武天皇を始まりとする日本の国史がえがかれている(ということになっている)のだが、「竹内文書」は、さらにそれ以前、天照大神を祖とする神々が、宇宙開闢を行うところから書かれているのだ。ところが、「竹内文書」が世に公開されたのは、明治になってからで、これは詐欺であるとして裁判まで開かれた。それはなぜか?といったことが、あれやこれや書いてあるのがこの本だ。

で、これがどうしてユダヤに関係してるわけ?と思うのだが、目次には次のような項目もある。

「天照大神とイエスは「光」でつながる」
「血統的ユダヤ人と日本人のルーツは同じ!?」
「聖書と日本の古史古伝の驚くべき共通性」
「神道、天皇、そしてイスラエル」
「「籠神社」と『旧約聖書』をつなぐ謎」

などなど・・・。とにかく、日本人とユダヤ人は祖先が一緒ってことらしく、ユダヤ教=神道みたいな?で、神の国と地球の間(つまり月)には、超文明をもった本物の日本人が住んでるらしいってわけなんだな。だから宇宙人はモンゴロイドなんだって!ぢ、ぢゃあ、今ここにいる日本人は何者?(^^;

たしかにアポロ宇宙船によるUFOの写真なども多々あって、月に住んでいるというか、月を基地にしているであろう宇宙人はいるかもねと思ったりもするけど、それがまさか日本人だったとはねえ〜!人類に文明を授けた神はプレデターだったというのと同じくらいに笑える。

それに、「竹内文書」によれば、天照大神も神武天皇も、仁徳天皇も聖徳太子も、イエス・キリストも、全部同一人物だったらしいよ〜。それは、名前に同じ字が入っているからという理由なのだが、じゃ、私と同じ字が入っている名前の人は、みな同一人物なのか?ってことになっちゃいますよねえ。

「竹内文書」と月の宇宙人という組み合わせは良かったが、月にいるという宇宙人(日本人)の情報が少ないし、説得力に欠ける。でも、久々に「月空洞説」を見た。つまり、住むとすれば月の内部に住んでいるってことになるのだが、月が空洞だってことは、月震などから判断して、私もそうじゃないかとは思っているのだが、その中に「日本人」が住んでいるとは思わなかったなあ。

で、アメリカのロズウェルに墜落したUFOに載っていた宇宙人が、調べてみたらモンゴロイドだったので、モンゴロイドを軽蔑しているアメリカ人は、自分たちよりもモンゴロイドのほうが文明が進んでいるとは認めたくなくて、証拠を隠蔽しているらしいよ。しかし、なにしろ「竹内文書」では、日本が世界の中心らしいから、いくら隠蔽しても、いずれは・・・。

というか、キリスト=天照大神だから、キリストの再臨の時に、天照大神も現れるってわけで(多次元同時存在の法則というのがあるらしい)、そのとき初めて、世界の中心は日本であるということが明かされるわけ。

とにかく、このところ読書が遅々として進まずにいるのだが、久々に夢中になって読んだ。かなり笑わせてもらいました。でも、こういう本て大好き。古代の神々の名前を読むのが、かなりしんどかったけど。

2004年12月06日(Mon)▲ページの先頭へ
わが心のディープサウス/ジェームス・M・バーダマン、スティーブ・ガードナー



<カバーより>
ブルースの魂と、ミシシッピを胸に──街に流れるベニエとチコリコーヒーの香り、川面にこだまする蒸気船の汽笛、そして果てしないデルタの平野は季節に鳴ると真っ白な綿花で覆われる──南部出身の二人が望郷の思いとともに描く、アメリカの中の異郷。


現在、日本在住、早稲田大学文学部で教鞭をとるジェームス・M・バーダマン教授は、生粋のアメリカ南部生まれ、アメリカ南部のネイティブである。だから、よそから観光で訪れた人間にはわからない、南部の根底にある感覚を持ち合わせている。そんなバーダマン先生が、故郷の南部を旅した時のエッセイと写真集。

私が、「こういう写真を見たかったんだよね」という、まさにアメリカ南部らしい、きっとこんな風景に違いない、あるいは、こうであってほしいと想像している風景が、この本には載っている。カメラマンのスティーブ・ガードナー氏も南部生まれで、その二人が組むと、彼らの心の奥底にあるノスタルジーまでが、文章と写真に溢れてくるようである。

早稲田のアメリカ南部映画祭で、さんざん南部の食べ物についての講釈を聞かされていたが、先生、やはり食いしん坊だったようで、どこに行っても食べ物の話がついてまわる。アメリカの食べ物はまずいという先入観があるが、そこで生まれた人にとって、まさに南部のホーム・クッキングは、「おふくろの味」ということになるのだろう。いかにも暖かい心のこもった、おいしそうな料理の描写が続く。

また、ミシシッピ河とは切っても切れない南部の生活が、うわべだけのものでなく、良い面でも、悪い面でも描かれている。まさにマーク・トウェインの「ハックルベリー・フィン」を髣髴とさせる場面だ。ジャズやブルース、各種のフェスティバルについても、趣味としての音楽や祭りでなく、その土地に根ざした南部の人たちの日常がうかがえる。

そして、ところどころに南北戦争や黒人奴隷といった南部の歴史が散りばめられた文章は、やはりそこで生まれた人にしかわからない悲哀のようなものを感じさせつつ、またバーダマン先生個人の故郷への思いと繋がって、胸を熱くさせる。

掲載されている写真も素晴らしい。光と影のコントラストが、「ディープサウス」という言葉とあいまって、奥行きのある深みを感じさせる。

2004年10月10日(Sun)▲ページの先頭へ
レイトショーのしあわせな夜/青山南

『レイトショーのしあわせな夜』
青山南著

出版社 洋泉社
発売日 2004.09
価格  ¥ 1,680(¥ 1,600)
ISBN  4896918460
現実よりも空が蒼く、友情や愛がある場所、それが映画。いろんな悩みを、観ている時は忘れさせてくれる場所、それが映画。「神経衰弱ぎりぎりの女たち」など、コラムの名人が贈る、心をリセットしてくれるちょっと通な86本。

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青山先生がこれまでに見てきた映画の紹介というか、感想というか、映画を題材にした、でもあくまでも文学的なエッセイ集。ちなみに、大型娯楽映画のようなものは取り上げられていない。

取り上げられている映画を観ていないと、話が全然わからないのではないか?と不安を感じるが、そんなことはない。私などは、この中で見た映画は10本の指で十分事足りてしまうくらいだが、観ていない映画でも、どんな映画なのか、見どころはどこかということがよくわかる。

ひとつの映画は、あくまでもひとつのコラムの題材となるきっかけであって、その中には、映画以外の話もたくさん含まれているから、読み物としても興味深い。その映画の背景が、あの文学作品に繋がるといったふうに、やはり文学者としての視点を感じる。

そして、当然ながら必ず映画のことから始まる話も、いつしか文学の話になっているのも、個人的には嬉しい。つまり、映画の本だと思って読み始めたら、文学の知識まで得られたという、一度で二度おいしい本なのだ。

そもそも、青山先生と私の映画の趣味は全く違うので、星の数ほどある映画の中で共通する作品がなくても、べつに驚くにはあたらないが、本当にとことん違うのだなと、改めて思った。私が観ている映画でも、先生の目の付け所が全く違っていたりして、それもまた面白い。そんな風に観ているのかと、新鮮な驚きもある。